2026-10-17 16:11:47
ずいぶんまえに買って
そのままになっていた 斎藤敏一氏の本が目に止まったので、読んでみました。
2018 年に発売された本のようです。
もっと早く読めばよかったです。
非常に面白かったので、書き残しておきます。

この本は、「あじまりかん」という大神呪のすばらしさについて
力説しておられる本なのですが、
前書きに、結論が書かれています。
「あることをすれば、とどめの神が降臨する。
あること、とは、「大神呪『あじまりかん』を唱えること」である」
本書のページを読み進めれば、あなたの中に、とどめの神ご自身が降臨されるはずだ。
あなた自身が、とどめの神の宮となり、
あなたの中に降臨されたとどめの神が、すべてをひっくり返すという意味だ。
今までは、「神機漏らすべからず」
神様の秘密は隠さなければならないとされてきた。
だが現在は、神さま側の事情が逆転したらしい。
私の中には、「神機をすべて明らかにせよ」という切迫した衝動があって、絶えず私を突き動かすのだ。
とどめの神とは、実体として認識可能な最高神のことである。
「あじまりかん」を唱えるだけで、
とどめの神があなたに留まり、降臨する、とのこと。
ゲームでも、
「結界の呪文」とか、
「回復の呪文」とか
いろいろありますから。
この宇宙を創造した神が、
「神降臨するための呪文」を作っていたとしても、不思議ではなさそうです。
むしろ、「ぎりぎりのところで助かる」という日月神示の予言が成就するには、
必須の呪文なのかも!?
表博耀氏が仰られていた、「アチマリカム」と同じ呪文のようです↓
天界の神つなぎと出雲 & 山蔭80世 表博耀氏 & アチマリカムと弥勒の世
「あじまりかん」も「あちまりかむ」も、同じ呪文のようです。
表氏も、あじまりかん、とも 仰られていました。
「アチマリカムというのは、
天地創造の理(ことわり)」と表博耀氏は仰られていて、
斎藤敏一氏は、
「あじまりかんは、「珍の御宝」であり、「渦の御宝」である」と仰られています。
あじ・・神に通じ、中心軸を表す
まり・・回転、回ることを表す
かん・・完成・完全・完了を意味する
あじ・・中心軸
=あぢ?(あ=天:あめ と ぢ=地?)
=「あじ」だと、あ=天、じ=自分、でしょうか。
・・中心軸を表す・・
天と自分がつながる中心軸ができるということですね、
なるほどです。
まり=回転、回ること。
かん=完成・完全・完了、
解釈が、すごく分かりやすかったです。
唱えやすいですし、イメージもしやすいです。
(天地創造も、回転の渦から始まったのでしょうから、
天地創造の理も、同じ意味なのでしょう)

「とどめの神」の普通の意味は、
最後にお出ましになる大神さまである。
じつは、
「とどめの神」という表現には、もう一つ、重要な意味がある。
「大神さまを地上にとどめる」という意味である。
大神さまとは「大元霊」であり、人間が「実体として認識可能な最高神」
「とどめ」=留め
重要なのは、「確実に大神さまに地上に留まっていただく」必要があるということだ。
(中略)
「あじまりかん」で神化した人が 大勢登場することによって、
「とどめの神の経綸」が大きく回り始めるのであり、
文字通りの地上天国が創られてゆくのだ。
地上天国実現の絶対条件が、
「大神さま=大元霊が地上に留まり続けること」なのだ
「あじまりかん」とはそれほどのものなので、
この地球は、あっという間に、神の国=世界一家の地上天国の姿を現すことになっている、
と言い切ることができる。
世界一家の地上天国を創ってゆく主体は、あくまでも我々、普通の人間である。
普通の人間が「あじまりかん」を唱えるだけで、大神さまの御心を遂行する力を与えられ、
後戻りすることなく、確実に神の国を実現してゆけるのである。
本書は、神人を大量生産するためのメソッド
「あじまりかん」を全世界に公開するために書かれた
あじまりかん行者は、唱えた瞬間に神と成っているのだ。
唱えている本人は気づかないだけ、あるいはその自覚がないだけなのだ。
人類の歴史始まって以来、これほど簡単に神になることができる方法はなかったのだが、
いまや誰でも、「あじまりかん」を唱えるだけで、言霊のちからによって神になるのだ。
大元霊は、空気のような存在だ。
そこに実在しているのに、強いて意識しない限り気づくことができないものである。
空気のお世話にならない限り、誰も生きてゆけないのと同じように、
生きとし生けるもの、ありとしあらゆるものが大元霊から出てきたのだ。
あなたの中にも大元霊がおられるのだ。
その事実を意識することで、自然に大元霊を感じることができるようになり、
大元霊から自分自身の霊(直霊=なおひと呼ばれる自我の中核部分)が分かれて来たことを知るのだ。
「あじまりかん」を唱えると、言霊の働きにより、
大元霊の強力なエネルギー波動が直接、唱えている人に入ってくる。
そして、「鳴る成る」という共鳴の原理によって、人は神と成るのだ。
「あじまりかんが鳴る」と「神に成る」のである。
これからの時代、
「世界中の金神たちが、
すべてをひっくり返し、黄金時代を作り上げ、維持していく」ような気がしているのですが
神人を大量に生産するメソッドも、神は用意してくださっていたのでしょうか。
山蔭神道の歴史について。
もともとは、出雲系の古神道のようです↓
山蔭神道の歴史について私見を述べたい。
著名な山蔭基央師は、先の大戦後に、山蔭神道前当主である、中山忠徳(ただのり)師のもとに
猶子(養子)として迎え入れられ、新たに山蔭家をおこした方だ。
山蔭神道そのものは、戦後に宗教法人として設立された教派神道であるが、その歴史は古い。
中山家は、明治天皇の外戚にあたり、藤原家の流れであるから、
そのご先祖は、中臣神道に関わっている。
中臣神道といえば天つ神系なのだが、
不思議なことに、山蔭神道の教義は、国つ神由来とされる。
『鎮魂行法論』には、以下のような記述がある。
「山蔭神道とは、古伝によれば、大己貴(おおなむちの)神と少名彦神(すくなひこのかみ)、
二神の伝えた古神道と言い、
また、『山蔭』の『山』は、天皇を意味し、『蔭』は侍することを意味し、
天皇の蔭となって、天皇の意思を宇内(うだい)に行うことを祈る役目を、
かつて負っていたものである」
竹内睦泰氏は、
「古代の天皇家は、倒した相手の一族に伝わる歴史と神道の行法を奪っていった」
と仰られていました。
この行法は、もともと、古代の天皇家が 出雲族から奪った古神道なのかもしれません。
藤原氏の流れなのに、国つ神(出雲系)の教義を引き継いでいるので、不思議と書かれています。
藤原氏は、おおもとをたどれば、出雲族(八千矛:大国主)につながっているようです。
聖徳太子と闇の勢力とのつながり~平気で恩人を裏切る白うさぎ~三柱鳥居と間人氏と秦氏と三井家
藤原不比等の家系は、さかのぼれば、天村雲命(神武大王)の御子・神八井耳命の子孫。
(斎木雲州氏によれば)
三種の神器~出雲伝承より – SOMoSOMo↓
藤原氏の、「藤」という字の由来が、気になっております。
分解してみますと、
一番上の草冠は、冠なので、「王」
もしくは++なので、十字架が2つ?
左側の月は、「月族」を表し、
右側は、上に「火」、下に「水」、真ん中に「=」
なので、火と水のバランスが取れていることを表しているのかな!?
「藤」は、月族?
月=肉なので、受け取ったインスピレーションを形にしていく人々、
現実化が上手な人々のような気がします。
藤がつく方々は、優秀な人が多いような。
藤は、月族(の王?)であり、
バランスが取れている人々、という意味なのかもしれません。
日と月が合体すると、「明」
「日」から受け取ったインスピレーションを
「月」が現実化、物質化することで、
「明」
黄金時代が作られる、とか!?
妄想でした。
*…..*…..*…..*…..*…..*…..*…..*…..
話を戻しますと、
斎藤氏は、天皇行法である、
「あじまりかん」と「自霊拝」をするだけで充分と書かれていました。
古神道修行のエッセンスは、
「あじまりかん」と
「自霊拝(鏡に映った自分にたいして、神様ありがとうございます。ご苦労さまです、と拝むこと)」に凝縮されているとのこと。
もっと詳しく、本には載っています。
*.·┈┈┈*.·┈┈┈*.·┈┈┈*.·┈┈┈
他に、興味深かった内容を載せておきます。
少しだけ抜粋して紹介します。
聖書に対する、鋭い指摘↓
・旧約聖書の神は、根本において人類共通の神ではあり得ない。
よって、旧約聖書からは人類共通の神話が生まれることはない。
・新約聖書では、イエスの言葉を使えば「父なる神」が主たる神である。
なぜか「母なる神」は隠れてしまっており、代わりにイエスの母マリアが母なる神の位置を占めているように見える。
このように、新約聖書の神の定義は不明瞭であり、
挙句のはてに、「父と子と聖霊」の三位一体説(意味があるとは思えない!)が登場する始末である。
それ以前に、新約聖書の物語は、そもそもイエスの母マリアの処女懐胎という、異常出産からスタートする。
異常出産が事実だったとしていることに不審を覚える。
自然の法則を破って、イエスが処女から生まれる必要は全くないからだ。
これは、「太陽光線が処女の子宮にさしこんで神の子を受胎する」という、
広く分布する古代神話(日光感精神話)そのものである。
そのような神話を事実として認めることが前提になっているので、
新約聖書からも、人類共通の神話は構成することができない。
ズバズバ斬られているので、おもしろ過ぎました。
↑同感です。
旧約聖書の神は、この宇宙を創った創造神ではなく、
「創造神が作り上げた生命を もてあそび、作り変え、
自分の奴隷として支配しようとしていた悪神(アトランティス人?異星人?)」だと思っております。
・・そういえば、臓器提供や血液を提供させるために、
「感じたり、考えたり、知覚する能力を完全に取り除いた動物」を作り出そうとしている人々がいましたね。
旧約聖書の神と同じ考え方のように感じてしまいます。
また、イエスの出産も、「異常出産」として斬り捨てられていますw
創造神の化身として生まれてこられたサイババでさえ、
母親から生まれておられますからね。
※処女から生まれるとか、日光感精神話については・・
これは、試験管ベイビーという意味なのかもしれません。
(旧約聖書の神は遺伝子をいじっているようなので、
試験管ベイビーの技術もすでにあったのでは?
それか、生まれたのは卵なので・・
別の種とのかけあわせとか・・!?)
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本の中で、アメノヒボコの話が出てきました。
「浦島太郎=アメノヒボコ」と書かれていました。
少し気になったので、アメノヒボコについて調べてみました。
アメノヒボコは、記紀等に伝わる、朝鮮半島の新羅からの新羅人または渡来神。
『日本書紀』では「天日槍」、『古事記』では「天之日矛」
(中略)
新羅国には「阿具奴摩(あぐぬま、阿具沼)」という名の沼があり、そのほとりで卑しい女が1人昼寝をしていた。
そこに日の光が虹のように輝いて女の陰部を差し、女は身ごもって赤玉を産んだ。
この一連の出来事を窺っていた卑しい男は、その赤玉をもらい受ける。
しかし、男が谷間で牛を引いていて国王の子の天之日矛に遭遇した際、天之日矛に牛を殺すのかと咎められたので、男は許しを乞うて赤玉を献上した。
天之日矛は玉を持ち帰り、それを床のあたりに置くと玉は美しい少女の姿になった。
そこで天之日矛はその少女と結婚して正妻とした。
しかしある時に天之日矛が奢って女を罵ると、女は祖国に帰ると言って天之日矛のもとを去り、小船に乗って難波へ向いそこに留まった。
これが難波の比売碁曾(ひめごそ)の社の阿加流比売神であるという(大阪府大阪市の比売許曾神社に比定)。
天之日矛は妻が逃げたことを知り、日本に渡来して難波に着こうとしたが、浪速の渡の神(なみはやのわたりのかみ)が遮ったため入ることができなかった。
そこで再び新羅に帰ろうとして但馬国に停泊したが、そのまま但馬国に留まり多遅摩之俣尾(たじまのまたお)の娘の前津見(さきつみ)を娶り、前津見との間に多遅摩母呂須玖(たじまのもろすく)を儲けた。
そして多遅摩母呂須玖から息長帯比売命(神功皇后:第14代仲哀天皇皇后)に至る系譜を伝える(系図参照)。
アメノヒボコは、新羅皇子とのこと。
アメノヒボコは、
新羅の卑しい女が産んだ子供(赤い玉から成長し娘になった)と結婚し、
日本にやってきたと書かれています。
↑西王母系、闇側に魅入られてしまったのかもしれません。
アメノヒボコは、最初 出雲にやってきたそうですが追い出され、
出雲の王国領の但馬(兵庫県北部)に行ったとのこと。
(↑出雲から追い出されたということは、
公明正大ではなく、
どこか、難ありだったと考えられます。
例えば嘘をつくとか、隠し事をするとか)
新羅の、赤い玉から成長した娘は、どこに行ったんでしょう???
おそらくですが、養女になったと考えられます。
(彼らはいつも養子になって入り込み、日本を侵略しようとするので。
パターン化している)
多遅摩之俣尾(たじまのまたお)の娘の「前津見」は、
多遅摩之俣尾の、血のつながった子供でしょうか、
それとも、血のつながっていない養女だったのでしょうか。
気になります。
もし、前津見が、血がつながっていない養女だったとしたらですよ、
前津見=新羅の卑しい女が産んだ卵から成長した娘、っていう可能性はないのでしょうか。
アメノヒボコの子孫=神功皇后は、(自分の感覚では)闇側の女性
ザ・西王母という感じ。
*.·┈┈┈*.·┈┈┈
アメノヒボコ=浦島太郎と書かれていましたので、
浦島太郎について思い出しました。
以前、詳しく考察しまして↓
桃太郎と浦島太郎~裏と表がひっくり返る時代~眉間に獣666~「蘇我入鹿」に隠されている暗号?
上記考察を簡単にまとめますと、今のところ
浦島太郎(=温羅)は、もともと出雲族の出身だったけれども、
西王母系の女性(または闇の勢力)に翻弄され、
同族(桃太郎=吉備津彦命勢力)と、戦うことになった人物、と解釈しております。
※温羅(うら)の出自は、出雲・九州・朝鮮半島南部の諸説あるようです。
*.·┈┈┈*.·┈┈┈*.·┈┈┈*.·┈┈┈*.·┈┈┈*.·┈┈┈
気になる部分をもう少し書き残しておきます。
日本書記では、武内宿禰は神功皇后のブレーン的存在として描かれているが、
単なる神功皇后の協力者ではなく、夫婦となっていた。
神功皇后は、邪馬台国の2代目女王「台与:とよ」である。
↑
2代目こそが怪しい!
1代目をやっつけた後、2代目として登場するのは、
だいたい偽物(騙そうとしている人)です。これもパターン化しています。
天照大御神も、イエス・キリストも、(フリーメイソン創始者の)ヒラムアビフも。
1代目を殺したり封印した後、
復活したと見せかけて出てくるニセモノは、
ものすごく美しく見え、善に見え、
人知を超えた力を持っていて、光輝いて見えても、
残念ながら、本物ではありません。
2代目「とよ」は、闇側勢力の可能性が非常に高いです。
(とよ:台与・・ム口を与えた・・
無口を与えた・・しゃべれないようにした=封印した、殺した、という暗喩?)
赤い玉の子孫なのかもしれません。
シュメール神話の話も書かれていました↓
私見では、シュメール神「エンキ」こそ、アメノヒボコのそっくりさんである。
アメノヒボコはエンキの分身、または生まれ代わりのように思える。それくらい似ているのだ。
(中略)
私はシュメール神話の中ではエンキが好きで、なんだか憎めないのである。
エンキのどういうところが好きかと言えば、こういう逸話がある。
エンリルの孫娘であるイナンナ(権力欲と色気のかたまりのような女性)に酒をのまされてへべれけになり、
保管していた「メ」という極めて貴重な宝(神聖な知識が集約された記憶装置のようなもの)を、まんまとイナンナにうばわれてしまったとか。
そういうところに、甘さというか、人の良さを感じるのだ。
ナンバー1のエンリルは、人間に対しては常に厳しい原則主義「人間は神々のために働く奴隷である」という方針を貫いていた。
エンキは、エンリルと違って、隙がある故の、微妙な人間性の持ち主である。
↑「メ」を奪われた、というところが気になりました。
イナンナもまた、西王母系(闇系)ですね。
魅惑されて堕ちてしまったのでしょうか。
斎藤氏は、「シュメールの神々の霊性は低い」と、ばっさり言い切っておられます。
正直なところが好きですね。
私から見れば、シュメールの神々の霊性は全般的に低い。
ゼカリア・シッチンの本を読んでも、確かにアヌンナキの頭はよかったと思うが、
彼らが立派だと思ったことはない。
なぜなら、彼らの行動から、霊的な真理(天的な行動原理)を見出すことはできないからだ。
神とは名ばかりのものだとしか映らないのだ。
彼らの行動原理は、基本的に権謀術数が主体となっているからだ。
「国盗り」以上の優れた行動原理は見当たらないと言ってもよい。
科学技術は確かに進んでいたが、「彼らには神の心は何も分かっちゃいなかった」としか言いようがない。
(中略)
霊位の高い人間は権謀術数とは無縁であり、正しいことをストレートに実行するところに高潔な人間性が表れている。
「あじまりかん」について。
「あじまりかん」は大元霊のコトタマであり、唱えると大元霊が(波動として)降臨するのである。
山蔭神道が2000年の間伝承してきた「あじまりかん」は、大元霊の言霊であった、ということなのだ。
「あじまりかん」は、大元霊の言霊(言語的顕現)である。
だからこそ、「あじまりかん」を唱えれば、全人類が宗教や信仰に関わらず、無条件に救われるのである。
(中略)
大本予言・日月神示の「一輪の秘密/一輪の仕組」の正解は、
誰も想像しなかった、山蔭神道の大神呪「あじまりかん」に隠されていたのである。
「あじまりかん」というコトバは、日本語(古代大和語)であり、その意味は
「神は渦巻きとなって働かれる」である。
本に「あじまりかん」の図が載っていました。
同じ図が載っているサイトを探してみたところ、
ありました↓
あじまりかん友の会とは [What is Ajimarikan Fellowship?] | あじまりかん友の会
人間が「あじまりかん」を唱えることによって、必ず「あじまりかん現象」が起こります。
「あじまりかん」という言葉そのものに、神の実体が伴っているのです。
「あじまりかん」を唱えると神が降臨するというのは、不変の真実なのです。
それは人間が神の分けみ霊であるという人間存在の真実に基づいています。
神から分かれた人間が「あじまりかん」を唱えると、必ず神(大元霊)が顕現するのです。
いとも簡単に人間は、神にまみえることができるのです。
山蔭神道の「大神呪『アジマリカン』の図」に登場するスパイラル(=渦巻き)こそ
大元霊の波動的エネルギーを表しています。
「天津渦渦志八繋神結(あまつうずうずしやつなぎのかむむすび)」とは、
「あじまりかん」を唱える人間と大元霊(=天津渦渦志八繋神)が結ばれる、すなわち、一つになるという意味です。

お散歩しながら「あじまりかん」と唱えていたら、
この絵のように、
あ・・広大な天(あめ) と
じ・・自分のいる地点の間を
ま・・円を描いて回っている
り・・流、流れ、龍が
かん・・力強く動いている
そんなイメージが浮かびました。
他にいろいろ少しだけ抜粋
今、世界中で、行方が分からなくなっている「アーク探し」が行われている。
モーゼのアークは、異星人の技術供与によってつくられた、ニセモノの契約の箱である。
モーゼが相手にしていた存在は、神ではなく、異星人に過ぎない。
わたしに言わせれば、「モーゼのアークは本当の神とは無関係」である。
理由は簡単だ。
本当の神は、人殺しの箱などを人類に与えはしないからだ。
殺人兵器アークによって多くの人の生命が失われていることは、
旧約聖書に書かれた事実である。
だから、私は
「モーゼのアークをありがたがるのは馬鹿げているし、そんなものを探す必要はない。
アークは永久に出てこないし、人類にとってモーゼのアークは出てこない方が良いのだ」
と言いたいのである。
本物のアークは言霊システムであり、物質でできたものではないのである。
人類は、神の本当の宝物とはいかなるものか、全く分かっていない。
本当の神宝とは、玉手箱の中身である大神呪「あじまりかん」なのだ。
私の主張が正しいことは、近日中、ごく近い将来に明らかになるであろう。
なぜならば、多くの人が唱え始めた大神呪「あじまりかん」によって、
本当の神さま「大元霊」が降臨しており、大元霊が大きく働かれるようになってきているからだ。
この大元霊は常にあらゆるところに偏在しているが、肉の目で見えるものではない。
霊の目をひらかなければ見えないのである。
イエスの実像はもっとシンプルな好人物のはずだが、「イエスだけが神の子だ」というのが
キリスト教の教えである。
それでは、残りの人間は罪の子に留まるしかないではないか。
論理的に、イエス以外の人間は救われないのだ。
このように独善的なキリスト教が世界宗教になったといううことは、悪神の経綸である。
誰でも神の子として神の国に行けるし、神の顔を見ることができるのである。
福音書作家がイエス1人だけを、神に選ばれた特別な人間として描いた時点で、
イエスが異様な偶像となってしまう、という命運が決まったのだ。
西暦紀元以降、2000年間の人類の不幸は、イエスの偶像化によって決定づけられたと考えざるを得ない。
イエスは偉人だったかもしれないが、正しい教えを残すことには完全に失敗している。
大部分の責任は、聖書に誤った物語を記述したローマ教会にあり、
イエス本人の責任ではないのだが、
イエスにも責任の一端がある。
イエスの知恵や悟りが中途半端なので、隙だらけだったからだ。
(↑生き返った時に現れた、偽物イエスの、知恵や悟りが中途半端だったため、
こんなことになったのかもしれません)
その結果、後のローマ教会が、嘘だらけの福音書を作ってしまうということを許してしまった。
これは、イエスが歩んだ道、イエスの言行録が正しく伝わらないという結果を産んだ。
だから、人類のためにならないキリスト教という、異様な宗教ができてしまったのである。
10年も前から、見抜いておられたのですね↑
「異様な宗教」!!
ハッキリ言われすぎていて、ついつい笑ってしまいました^^;
斎藤氏のもとにキリストが現れたという話も載っていました。
そういえば、
上江洲先生のもとにも、キリストは現れておられました。
イエスは、「真のキリストを説いてほしい」と仰られたとか。
斎藤氏と同じように、上江洲先生も
「イエスだけが神の子であり、あなた方は罪人」の誤りについて指摘されています↓
アンマの来日&上江洲先生がキリストから十字架を授けられたお話(十字架の象徴は無限の愛)
少し上江洲先生の講演から書き抜きますね。
「今のキリスト教では、
イエスの名前がキリスト。
あなた方は罪人と教えられているんです。
朝に昼に晩に罪だけを見せられて、
どうして罪から逃れることができましょうか。
真実を見つめて、真実に至れるということを
知らねばなりません。
5、6年前に、フランスのセミナーを初めておこなった時に、
イエス・キリストが、目に見える形であらわれました。
3言話して、一瞬でセミナー会場から消えました。
「今のキリスト教を、わたしは残念に思う。
わたしだけが特別な人間、あなた方を罪人と説いたことは一度もない。
しかし、あなたが、真実のキリストを全世界に説いていることを、
私は嬉しく思う。
これからも、真実のキリストを、ニセモノに曲げられることなく、
命をかけて、真のキリストを説いて欲しい」と。
翌年のセミナーに現れた時には、キリストが
セミナー会場の真ん中に、蓮華座を組んで浮いていたんです。
キリストから、
「黄金の十字架を受け取れ」と言われた時、
私は、「黄金の十字架ではなく、王冠がほしい」と言いました。
それは(なぜ、王冠が欲しいと言ったかというと)
26~29年前、
蓮華座の姿勢で瞑想をしていますと、
サハスラーラ・チャクラに向けて、黄金に輝いた王冠が降りてきました。
キリスト教では、黄金の王冠は悟りを意味します。
仏教では、1000枚の花びらがサハスラーラチャクラで開花しているのは
悟りを意味します。
ゆっくりと王冠が降りてきます。
「今日悟ったか」と思いました。
これが神我一体の境地かと思いました。
しかし、「我悟りなり」と思った瞬間、王冠は降りてきません。
消えてくれれば諦めもつきます。
みなさんは、これほど変な感覚を味わったことはないでしょう。
どこに行こうが、どこに隠れても、
この位置(頭上)から消えもしない、
私のサハスラーラに降りてもこない、
これほど嫌な気持ちで28年。
消えてくれれば諦めもついたのに。
キリストの弟子6人~8人が、
私のもとへ、棺(ひつぎ)を持ってゆっくりと近づいてきます。
もう、王冠もかぶれない、
今生の役割も終わって、棺にはいるのかと思いました。
私の目の前に止まった時、
宙に浮いているイエス・キリストは、
「あなたが26年待っていたものを受け取れ」と言われました。
イエス・キリストに文句言いました。
「わたしは、王冠を待ったんであって、
棺(ひつぎ)を待ったのではない」と。
下から見ただけでは、棺に見えたのです。
意識を高め、見てみよと言われた時、
「われ神と一体なり」という意識へ高めた時には、
上から見ています。
黄金に輝いた十字架だったんです。
それでも納得できず、文句。
わたしは「棺でもない、十字架でもない、王冠だ」と言いました。
キリストに、
「あれほど何十年も説いていながら、
あなた自身が意味を知っていないではないか」と言われました。
「今のキリスト教の教えが、
十字架の象徴は、イエス・キリストが鞭打たれて、
手足に釘打たれて、はりつけられて、
最後を迎えた苦しみもがいている姿が十字架と教えといているのに、
あなたは、十字架の象徴は、
無限の愛であり、無限の神と
そう説いてきたのではないのか」と言われました。
その時、ハッと目がさめました。
すでに私は、十字架とは、
無限の愛であり、無限の神の象徴と講話では説いていながら、
失っていたのです。
「わかりました」と思った瞬間、
その黄金の十字架が、
横倒しになっていた十字架が、
立ち上がって、わたしの頭上に乗っかった時、
黄金の王冠に変わりました。
王冠とは、十字架の象徴、
十字架とは王冠の象徴なのです
「今生のあなたの象徴は、十字架」と言われ、
「ぜひ、黄金の十字架を首にかけてくれ」と言われたにもかかわらず、
あまり飾りが好きではないもので、
かけていませんでした。
「あなた方の十字架を背負い生きよというのは、
我、無限なり、無限の愛なり、無限の神なりで生きよという意味なんです。
けして、イエス・キリストは、あなた方に、罪人とは説いておりません。
生まれながらに、罪や業やカルマという、
神から罰与えられたものを背負って出てきたものは、
1人もいません。
わたしが罪と説くのは、カルマと説くのは、
あなた方が罰を受けて苦しむことではなく、
100回生まれたものは、
100回生まれた体験の中で、
まだ完璧に乗り越えてない宿題であり学習を
背負ってきているのが、カルマであり、業であるのを知ってもらいたい。」
「なぜ、イエス・キリストは、
神の一人子と言われたのか。
みなさんは、一息、一呼吸で
この肉体を維持して生きています。
それは、一息、息を理解した者という意味なんです。
どの聖人も、自分が特別とは一言も説いておりません。
平等に70億の人間に与えられています。
その命という本質を、あなた方の個性や性格で、
どのように顕現するかだけなんです。」
「この宇宙には、上下はありません。
すべては唯一の命にしか生かされていません。
わたしは、この現象という結果を得るよりも、
真実の宝物をつかみたくて努力しただけ。
みなさんは、ムダなエネルギーを浪費することなく、
わたしから、本質は我がうちにありと聞かされています。
つるはしを持って、外を掘る必要はありません。
瞑想、内観、ヨーガ、
その手段こそが、
あなた方の内側の宝物を掘り出す道具なんです。
目的は、永遠不滅の本質を掘り出すこと。
必ずや、みなさんは掘り出すことができることを
わたしは確信するし、断言して言い切ります。
手よりも脚よりも身近な、
あなた方のうちにあるものが、
見いだせないはずがないんです。
それを、心を尽くし、精神を尽くし、
思いを尽くし、魂を尽くし、力を尽くして、
我が内なる神を愛せよ
このものは、誰よりも、
神よ神よ神よ
我が内なる神よ、
ただその努力が実っただけに過ぎません。
特別な人間ではありません。
特別な能力を持ったものではありません。
逆にあなた方こそが、
神から受け継いだ最高の特質を与えられて
生かされしあなた方が、
素晴らしいあなた方なんです。
だれも真似することの出来ない
素晴らしい特質があります。
神としての特質。
今生の目的は、
その特質を引き出して磨き上げて、
どのように、兄弟姉妹の幸せのために
世界平和のために使い活かすことができるかが、
目的なんです。
外に神を求むることなかれ
神は我がうちにあり。
2016年、2017年と、
もっともっとバイブレーションをまして
高まっていくでしょう。
だれもが、一瞬一瞬の速さを感じているんです。
この世時間は、わたしが悟るまで止まって欲しい、
絶対止まってくれません。
この世時間は、容赦なく、
あなた方を投げ捨てて過ぎ去っていきます。
実際にあるのは、この一瞬なんです。
ともにわれわれは、
今生こそ、根源の世界に、手をとって
融合していきたいと思います。」
その他に、関裕二氏の日本古代史論が載っていました。
・ひみこはとよに殺されたという話や
・中臣鎌足は滅亡した百済の王子「豊璋(ほうしょう)」だった
・聖徳太子は蘇我入鹿であった(本当に悪いのは藤原鎌足と中大兄皇子)という話が載っていました。
↑歴史に詳しくないのですが、聖徳太子について掘り下げてみたことがあります。
桃太郎と浦島太郎~裏と表がひっくり返る時代~眉間に獣666~「蘇我入鹿」に隠されている暗号? |
聖徳太子と闇の勢力とのつながり~平気で恩人を裏切る白うさぎ~三柱鳥居と間人氏と秦氏と三井家
真偽不明です。
今現在の歴史でさえ、隠されているので、
古代の歴史を正確に紐解くのは、難しいのかもしれません。
大変おもしろい本でした。
千年以上 秘密にされていた「天皇行法」を公開した
山蔭神道の方々(山蔭基央氏、表博耀氏)、佐藤定吉博士ら、そして斎藤氏によって、
黄金時代が幕を開けたような気もしております。
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~気になっていること~
「裁量労働制の拡大で『働かせ放題』に」連合愛知が規制緩和に反対する要望書を愛知労働局に提出|FNNプライムオンライン
裁量労働制の拡大などの規制緩和は長時間労働を助長するとして、
連合愛知は15日、見直しに反対する要望書を愛知労働局に提出しました。
連合愛知が提出した要望書では、国の労働政策審議会で議論されている裁量労働制の拡大などの規制緩和は長時間労働を助長するとして、行うべきではないとしています。
裁量労働制の拡大なんてことをしたら、
またまた、
「安い労働力が使えるから~」と
人々の時間を奪い放題になるではないですか。
移民をたくさん入れる人々と同じ、奴隷労働をさせたがる人々と同類ですね。
連合愛知さまが、見直しの要望書を提出してくださり、ありがたいことです。
システムで、もっと効率化したり、要らない仕事を減らしたり、削減できるところはありそうなものですけれども、
彼らに任せていたら、
安い労働力が手に入ったら入ったで、どんどん要らない仕事を増やしそうです。
補助金1つを考えても、
補助金を配るために、中抜きで多額のお金を抜き、お友達に配り、
人々の貴重な労働力と時間を山ほど奪っているのですから・・。
人々に、考える時間を与えるのが嫌なのかもしれません。
闇のレビ族は、
生活費を稼ぐことに、
人々の貴重な時間のすべてを使わせようとしているような気がしております。
闇のレビ族について↓
大イスラエル帝国・大アブラハム帝国について~民を支配下に置き、ゲームを楽しんできた者は誰なのか~
キリスト教を受け入れたすべての国では、
間違いなく直後に、
非キリスト教信仰のユダヤ人たちが現れ、
はなはだ不可解な活動をして混乱を生んでいた。
そして、彼らはいとも簡単に富を築いていった。
キリスト教世界の代表者たちと、
ユダヤ人自身の両方が損害を被ったということは、
被害を受けていない第三者が存在するということである。
この第三者にとって、キリスト教世界の人間とユダヤ教徒たちは、
いともたやすく操作できる、ただのバイオロボットに過ぎないのだ。
では、この第三者とは誰か?
それは、レビ族。
ユダヤ人であれキリスト教徒であれ、どちらも、
その第三者(レビ族)の勢力の手中にある、
ただの操り人形のようなバイオロボットに過ぎないのだ。
イスラエルの法により、レビ族は軍事行為に参加する必要がなかった。
レビ族はどこへも、いかなる税金も支払う必要はなかった。
レビ族は、エジプトの神官たちの秘密の学問を知って、
実験にいそしんだり、監視したりして、
じっくりと思案にふけることが可能であったし、
兵役の義務からも、
人々がするような通常の労働からも解放され、
世代から世代へと現在にいたるまで、
自分たちの知識を発展させてきたのだ。
色々考える人々が出てくると、自分たちの身が危なくなりますから、
闇のレビ族たちは、
人々を奴隷労働でこき使い、
考える時間を与えないようにしているのでは?
本当の創造主が与えている、本当の使命を果たせないように、
悪神は頑張っておられます。
人類の本当の使命は、神性を覆っているベールを取り除くこと、とのこと。↓
イエスだけが、神に遣わされた使者であったわけではありません。
私たち一人ひとりが、神から遣わされた使者として、この世に生を受けたのです。
この地球に生まれたすべての人が、1人残らず同じ使命を持ってこの世に生まれたのです。
あなたの目的は、人生の偉大な秘密を開示することです。
あなたは、人生の真の本質である神性を覆っているベールを取り除き、
その無限の美しさを、人類とともに分け合わなければなりません。
あなたは、働く時間のすべてを、次々と利己的欲求を追いかけることに使うために、
人類社会の一員となったわけではありません。
あなたは、貴重な時間のすべてを、生活費を稼ぐことに使ってしまうために、地上に生かされているのではありません。
(サイババの御言葉)
大昔の縄文時代、労働は1日3時間だったとか。
人々の自由時間が増えますように!
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~気になるニュース~
中国人詐欺の押収8000億円ビットコイン、英政府保持の可能性高まる(NADA NEWS) – Yahoo!ニュース
中国人詐欺の押収8000億円ビットコイン、
英政府保持の可能性高まる
10/15(木) 17:16配信
英高等法院は10月12日、押収ビットコイン(BTC)の返還を求める中国の詐欺被害者の請求に、中国法を適用する判断を示した。
対象は、ロンドン警視庁が押収した6万1000BTC超(約8000億円、1BTC=1300万円換算)だ。
これを被害者に返すのか、英国が没収するのかが争われている。
BTCの出どころは、中国で起きた投資詐欺だ。
判決文によると、銭志敏(Zhimin Qian)受刑者は2014〜2017年、
出資金を配当に回すポンジ・スキームで約402億元を集めた。円換算で約9246億円(1元=23円換算)にあたる。
このうち約341億元(約7843億円)は一部の出資者に返済され、資金の一部で10万BTC超が購入されたと判決文は記している。銭受刑者は2017年に英国へ逃れた。
被害者側は、押収されたBTCに自らの財産権があると認めるよう求めている。判決文によると、この手続きで認められるのは財産権を証明できた者だけで、代金の返還を求める権利(債権)だけでは足りない。
そこで焦点となったのが、どの国の法律で財産権を判断するかだ。7月の審理で被害者側は英国法、または英国法と中国法の併用を主張し、検察側は中国法の適用を求めた。
CoinDeskによると、判事は、勧誘・契約・損失がいずれも中国で起きた点を重視した。判決文では、中国法の下で権利が失われていれば、英国で資金を追跡しても回復できないとの考えも示されている。
中国の経済メディア財新(Caixin)は、手続きに加わる約1万6000人の被害者の回収が、元本と利息にとどまる可能性を指摘した。押収BTCの価値は購入時の約200倍に膨らんでいるが、その値上がり益は得られないとしている。
被害者が財産権を証明できなかった分は、没収手続きを経て英国の国庫に入る。
CoinDeskは、今回の判断で英財務省が最終的にBTCを保持する可能性が高まったと分析している。
↑
闇のレビ族のお仲間だけが、財産権を証明できて、
その他の中国人は泣き寝入り、でないといいのですが。
中国人の被害者に、きちんと返還されますように!!!
なぜ、英国財務省がほとんど没収するのでしょう。
ひどいです。
被害者から集めたお金で買ったビットコインなのに。
返還するための手数料として 、2割~3割が英国、
その他は、被害者に返還していただきたいものです。
これに味をしめてしまうと、
いろんな国が、国民からビットコインを押収しまくって、没収しそう。
マウントゴックスの件でも、弁護士さんはどれだけの報酬をもらっていたんでしょう?
いろいろ気になることだらけ。
気になっていること色々でした。
ありがとうございました♡

