2017-04-21 06:17:19
上江洲先生のご光話で心に残った話を、もう少し書き留めておきます^^
上江洲先生が、イエスから十字架を授けられた話が面白くて探していたのですが、見つからず・・
ヒーリングについて説かれているビデオを見つけたので、抜粋しました↓
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上江洲先生の行われているヒーリングは、
神性意識、仏性意識、無限意識、
宇宙意識、普遍意識に目覚めるために行っているものだそうです。
「肉体の病んでいるところを癒やす、
心の病んでいるところを癒やす、
これが普通、ヒーリングと言われています。
しかし、病気は、癒やしても癒やしても尽きない。
右の癌を癒やしても、左に癌を作って、また事務所に来る。
じゃあわたしは、何を癒したんだろうと疑問を持ちました。
納得いかずに、ヒーリングを何十年も追求してきました。
ヒーリングとは、癒しとは、
無限意識、普遍意識、宇宙意識への目覚めを
本当のヒーリングと言います。
本来、無限意識を意識できるのは、
あなたがたしかいないの。
あなた方の真我である太陽は、いつも輝いている。
でもね、現象の世界で、太陽の光が届かないのは、
大きな雲が遮っているから。
雲を吹き飛ばせば、また、ひかりが地上に届く。
雲をひとつでも吹き飛ばせればね、
光が見えだしてくるの。
その手伝いをしているのが、ヒーリング。
本当のヒーリングというのは、
無限意識、宇宙意識、普遍意識に目覚めるのがヒーリングだからね、
本当にヒーリングできるのはあなた方しかいないの。
そこにみなさんを導くように、
光話、ヒーリング、明想でお手伝いしているの。」
「神性意識、霊性意識、仏性意識への変性をヒーリングと言います。」
普遍意識に目覚めるように導くヒーリングなのですね^^
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あと、質疑応答が非常に面白かったです。
「法玉明想の中で、瞑想中、自分のなかに質問だらけです。
これは雑念ですか?」
という質問に対して、
「知りたいことはね、自分の内側に求めてね、
自分が知りたいことを質問することも瞑想です。
もし、聞く質問がなければね、
我は神なり、
我は仏なり、
我は命なり、
わたしは一番、「我は命なり」で瞑想してきました。
しかし、3つの意味はひとつですから、どれでも良い。
もし、知りたいことがあればね、
真我なる我に質問することも、瞑想です。
外に答えを求めずに、わたしは内に
答えを求めてきました。」
死んだ後の世界についての話も、
とても興味深かったです。
「お父さんは亡くなった後、今、どこにいるのでしょうか」という質問に対して、
「人は死んだら、幽界に行きます。
幽界にも、いろんなレベルがあってね、
愛深い方で、自分を捨ててでも人を助けた人であれば、
幽界でも高い位置にいます。
自分だけ良ければいい、自分のことだけ考えていた人であれば、
幽界でも低い位置にいます。
ずっと低い位置にいるわけではありません。
あなたの働きによって、
高くなったりします。
どのレベルに帰ったかを聞く必要もない。
その人が生きていた姿を思い出せば、
レベルが分かるの。
生きている間に、1たす1が2であることを知らない人は、
死んですぐに理解できるわけではない。
覚醒した人が、昇天成仏に至るの。
私が今生覚醒してなければ、
死んだ後に、高いお金払ってお経を唱えてもらっても、
成仏に至ることはないの。
肉体を持っている時の意識状態は、
肉体脱いだ後も、変わりません。
ですから、肉体持っているうちに、
自分を覚醒させることができるかということが
とても大切なこと。」
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上江洲先生は、
イエス・キリストともお会いされているそうです。
上江洲先生がフランスでセミナーを開催された時に、
イエス・キリストがはっきりと目に見える形であらわれて、
「今のキリスト教を残念に思う」と言われたそうです。
「今のキリスト教を残念に思う。
私は、私だけがキリストとは、一度もと説いたことはない。
我がキリストであるならば、
あなたがたもキリストそのもの。
我が中に、あなたがたのうちに、内在する真理こそがキリスト。
それなのに、今の教えでは、
私(イエス)だけがキリスト、
あなた方は罪人と教えて、
とんでもない方向に導いている。
あなた(上江洲先生)が、本当のキリストを理解し、
世界に説いていることを、大変嬉しく思う。
真実のキリストを、これからも全世界に説いて欲しい」
と言われ、すっと消えたそうです。
そういえば、イエス・キリストのお話、
「サイババが帰ってくるよ」さんに詳しく載っていたのが大変興味深かったです。
イエスのお墓は、カシミール地方のスリナガルのロザバル聖地にあるんですね?
そういえば、数日前に「黎明」って本が届きまして。
「黎明」は、
天下泰平さんのブログや他の方のブログでも、ちょこちょこ紹介されていましたね^^
お会いした人に「いい本だよ」と言われたりしたんですけど買ってなくて、
循環日記さんの本の抜粋読んで、買いたいなあと思い始めて、
近頃ようやく買いました。
「日本の青森にもイエス・キリストのお墓って言われている場所があったような・・」
と思ってたのですが、この黎明って本の中に、
「復活後のイエス大師はシリアに赴き、
85歳になるまでその肉体を保ちました。
その期間に、日本へもマーヤ・ルーパを用いて訪れていますが
(青森県の戸来村、その後新郷村と改名)
用事が済んで、大師が急にいなくなったので、
後に残された人たちは、大師が他界したものと思って
墓を建てています」と書かれていました。
↑(この部分は、サイババのお言葉や聖白色同胞団の間接的オーバーシャドウ、
アカシックリーディングのお話を照合して書かれているようです。
アカシックレコードは、改ざんされたり隠されている部分もあるそうなので、
この本の情報のうち、
それぞれの部分がどこからの抜粋かよくわからないので
真実かどうか分からない部分もありますが、
とても良い本でした^^。
それこそ、上江洲先生にお聞きしたら、完全に分かるのかも)
マーヤ・ルーパとは、幻の形と呼ばれ、物に触れたり肉眼で見たりすることが可能な、
物質レヴェルの 表現媒体だそうです。
(著者の葦原先生は、上江洲先生と親交がおありだったのでしょうか?
上江洲先生のお名前は出てこないのですが、
上江洲先生かな?と思われる箇所がいくつかあったので
気になりました。)
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上江洲先生のご光話に戻りますと・・
罪だけを見ていては、解脱には至れないとも説かれていました。
「今のキリスト教は、イエスだけがキリストと教え、
偶像崇拝に追いやっている。」
「今のキリスト教のように、
あなたがたは罪人ですと、
罪だけを見させて、
罪だけを見つめて、
誰が解脱に至ることができるでしょうか。
だれもできないでしょう」
というようなことを言われていたのが印象的だったのですが、
本の中にも、同じようなことが書いてありました。
「みなさんが、過去におかしたあやまちを、
ひとつひとつ反省しながら消せるならば、大したもの、といいます。
振り向けば振り向くほど、執着すればするほど、
力強くみなさんを混乱させるだろうと。
今を生きることなんです。
みなさん、過去を振り返って、
過去の間違いを修正できたものがいるでしょうか。
間違いは、正しき理解力を持った時に、消えていくことを知らねばなりません。
今、本質を理解することにおいて
過去の間違いは、すべて修正されることを知ってもらいたい。
だからみなさんが、偽我で偽我を消そうとするほど、
苦しみをともないます。
偽我を修正できるのは、「真我」なんです。
間違いを修正できるのは、正しさなんです。
だから、過去がどうこうでもなく、
この一瞬一瞬を、「身口意」を愛で正して、
みなさんが生きることができるならば、
すべて解決されるだろうと。」
「みずからの体験をとおして、
みなさんにいつも光話しているではないでしょうか。
(わたしは)世界一の短気者と言われました。
私の怒りは、世界一と言われました。
世界を見たことのないお母さんが、そう言うんです。
だから、お母さんに言われ、まわりのものに言われて、
私は直そうと、建て直そうと、努力はしました。
しかし、偽我の自分が偽我を消そうとしているんだから、
消えるはずがない。
短気を消そうとして消せない自分が、いっそう短気します。
怒りを消そうとする偽我なる自分が、いっそう暴れるんです。
じゃあ誰が消してくれたのか。
真我なんです。
すべての間違いを修正できるのは、真我以外にないことを
知らねばなりません。
みなさん、ニセモノを振り返って、
ニセモノに力与えながら、ニセモノを修正することができるでしょうか。
早く本質に意識を向けて、
本質を早く実感することなんです。」
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悟りのための瞑想について話されているビデオでも、
偽我を偽我で消そうとしても消せないということを語られていました↓
少し抜粋します。
「憎しみはどこまでも憎しみです、
怒りはどこまでも怒りです。
その怒りは、消そうで消せない自分自身でした。
わたしが瞑想のめの字を知った時、
座るたびに睡眠瞑想。
良い建物の中では、どうしても心はその気になっても、肉体は弱い。
今日は働き疲れた、
常に自分に言い訳して、瞑想にならない。
悟りたいために、どう瞑想したら良いのか。
真栄田岬を見つけました。
1日も欠かすことなく、365日、食べる時間寝る時間は惜しんでも、
12時から朝の4時まで、完全に座り込んだけれども、
睡魔の力は強く、
雨風に打たれながらも、
やっぱり寝ている。
なんて睡魔の方が強いんだろう。
努力に努力を積み重ねて、
偽我は為す術もない。
意志力、忍耐、勇気、努力の4拍子揃えば
根源に到達できぬ人間は、世界に1人もいません。
365日、睡魔に負けながらも、努力を絶やすことなかったゆえに、
サハスラーラチャクラから、
わたしの全身を貫いた時に、
あれほど偽我を消そう、短気を消そうとしても
消せなかったのに、
一瞬にして、焼き尽くされて、
愛として完全な自分だけが残っていることを知りました。
夜中に黄金の光を受けた時から、
一瞬にして短気が消えて、家庭に戻ってきた時、
友達は
「いったいぜんたい、お前に何が起こったの」
「どこで、何があったの?」と言い、
子どもたちは、
「この優しさ、この静けさ、お父さん、気持ちが悪い。
一体全体、お前に何が起こったの?」と言いました。」
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・・個人的には、上江洲先生ほどの方でも、
「睡眠瞑想をされてた」ってところに、
勇気づけられますね^^;
(自分も良く、そうなるので・・(ノ_-。))
「ヒマラヤ聖者の生活探求」に書かれていたことと、
上江洲先生の説かれていることは同じだなあと思いました。
「自分の想念と注意とを、
いつも、神と神の完全性に向けることによって、
自分の体のバイブレーションを高め、
神の完全性より発するバイブレーションと同調融合し、
神の完全性と全くひとつになり、
ひいては神自身とひとつになることが間もなくわかります。」
(「ヒマラヤ聖者の生活探求」より)
・・クリシュナを愛した人々は、
クリシュナだけを見つめて、
最高の境地に至ったと言われていますし、
どこに想念を向けるかって、
とても大切なことなのでしょうね。
「ヒマラヤ聖者の生活探求」より、
上江洲先生の説かれている&実践されているのと同じような表現を抜粋。
「神とは、存在するすべてのものの背後にある原理である。
ものの背後にある原理とは、大霊である。
大霊は、全能、偏在、全智である。」
「わたしたちは決して、比較などしません。
常に、すべての人々の中に、
キリストすなわち 神なる本質を観るだけです。
その意味では、わたしたちは、みなさんの肉眼の視野の中にはないわけです。
私たちは、人の実相なる 完全さを見るのです。
言い換えれば、
私たちには、完全なる眼力があります。」
(「ヒマラヤ聖者の生活探求」より)
上江洲先生が十字架を授けられたお話を探しているのですが、
まだ見つかりません・・
見つかったら、またアップします(*^▽^*)
ありがとうございました♡

