2014-05-20 12:27:31
他にも、この本に載っていた中で、感銘を受けた部分を少し紹介させてください。
何年も前、アンマと暮らしていた犬の一匹が狂犬病になりました。その犬はアシュラムから駆け出して行って、何人もの人にかみつきました。人々がその犬を殺そうと追いかけ始めたとき、その犬はアシュラムに舞い戻ってきました。

その犬の口には、狂犬病の犬の特徴である水泡が光っていました。人々は叫びました「その犬は狂犬病だ。殺せ、殺せ。」そこにいた人々が犬から逃げ始めました。
騒ぎを聞きつけて、アンマが小屋から出てきました。彼女はすぐに状況を把握して、犬に向かって「モーン、モーン(私の息子よ)」と呼びました。

アンマはまわりの警告を無視して犬に向かって歩き続け、その犬は催眠術にかかったように静かに佇んでいましたので、アンマはその犬を撫で始めました。彼女は、キッチンから何か食べ物を持ってきてほしいと頼みました。食べ物を持ってきた人は、犬に近づくのを怖がり、遠くから食べ物をアンマに差し出しました
アンマは食べ物を受け取ると、自分の手でそれを犬に与えました。それから、犬の唾液にまみれた残りの食べ物を、自ら食べたのです。

まわりにいたすべての人々は、アンマがしたことを見て身の毛がよだちました。アンマが狂犬病に感染してしまうのではないかと心配だったのです。
狂犬病の注射を打つことを強く主張する人もいましたが、アンマは何もしませんでした。その犬は数分のうちに死んで、明らかに狂犬病であることを示しましたが、驚いたことにアンマには何も起こりませんでした。
なぜアンマが犬の食べ残しを口にしたのか尋ねられた時、アンマは、犬の食べ物の残りを口にすることで、犬に残っていたカルマをきっぱりと断ち切った、つまり、彼女自身が引き受けたと言われました。こうして、犬の魂は、将来の転生から解放されたのです。

一人息子と暮らす、一組の信心深い夫婦がいました。息子は、神に祈ったことなど一度もありませんでした。ある日、この息子は、中東での職をあっせんされて、それを受けることにしました。
アンマの帰依者である両親は、そんなに遠くに行っては、2,3年は戻ってこれないし、せめて出発前にアンマのところに行ってほしいと頼みました。それから両親は、アンマに祝福してもらうために、すべての書類をアンマのところに持って行ってほしいと頼みました。
息子は次の日、すべての書類を抱えてアシュラムに向かいました。パスポート、ビザ、仕事の任命書などを祝福してもらうためです。そして彼のダルシャンの順番が来ると、アンマは尋ねました。
「この仕事を引き受けるの?」その少年は言った「はい。」
アンマはそのあと何も言いませんでした。しばらくの間目を閉じてから、彼を祝福しました。
家への帰り道、彼はとても疲れていたので、バスの中でそのまま眠ってしまいました。彼が目を覚ますと、書類が入ったブリーフケースが無くなっているのに気付きました。
彼はバスから降りると気が狂ったように家に駆け戻り、両親を責めました。息子は、アンマのところに行かせたのは両親の間違いであり、自分はすべてを失ったのだと言いました。
次の日、両親はアンマに会いに行き、自分たちの息子に何が起こったのか涙ながらに訴えました。アンマは彼らに、心配することはない。すべてはうまくいくでしょうと言いました。

そのあと間もなく湾岸戦争が勃発しました。この少年と仲間たちが職を得たのはイラクであり、すでに何人かの友達はそこに行っていました。彼が働くことになっていた建物も爆撃されました。多くの人々がなくなり、彼の友人の何人かはひどいけがを負いました。
それからしばらくして、地域の警察署からその少年に電話がかかってきて、彼のブリーフケースが見つかったと言ってきました、泥棒はお金と貴重品だけ奪い、残りは道路わきに放置していたのです。
アンマに事の次第を尋ねると、彼女はこう答えました。
「私には何が起こるか分かっていたけれども、あの子に仕事を受けないようにと言っていたら、きっと私の言うことを聞かなかったでしょうね。それにもし仕事をしに行っていたら、彼は確実に大けがをするか、死んでいたかのどちらかだったはず。だからこれが、彼の命を救う唯一の方法だったというわけなの」

アンマによると、マハートマとは、神の思いやりの担い手であり、神の恩寵を媒介するもののことです。ある聖典によれば、マハートマは私たちを助け、向上させるというだけの理由でこの世に生まれてきたがゆえに、神よりもさらに情け深い存在だとされているそうです。
彼らは満ち足りていて完全であり、与える以外の何物も望むことはありません。彼らは無量の至福という状態にとどまり続けることもできたのに、その至福の状態を捨て去り、私たちを助けるために、私たちの意識の水準にまで身を落とすことを選択したのです。
アンマは言います。
「私の唯一の目的は、今生、そしてすべての来世において、私の子供たちを幸せにすることです」
アンマの人生は、彼女の助けを求める人のためだけに捧げられています。

ニーラムバランという、アンマの熱心な帰依者がいました。彼が数年前金銭的問題を抱えているとき、畑仕事をしながら思わず「お金がないから、うちの家族はそのうちに飢え死にするだろうな」と口にしました。
彼の仕事仲間はしばしばアンマのことを批判していて、ニーラムバランをからかって言いました。
「なんで心配なんかするんだい?きっと、お前が女神だと言って崇拝している少女が、金を届けてくれるだろうに」
彼らが嘲る言葉を聞いてニーラムバランは悲しくなり、厳しい状況から救い出してほしいとアンマに熱心に祈りました。

昼休みに皆が木陰に座っていると、ふいに少女が手に20ルピー紙幣を持ってニーラムバランに近づいてきました。黙ったまま、彼女はニーラムバランの手に紙幣を渡すとすぐに立ち去っていきました。
ニーラムバランは彼女に会ったことがなかったので、とても驚きました。ほかの仲間たちは少女が借りを返しにきたのだと考えたけれども、ニーラムバランは誰にもお金を貸していませんでした。
仲間たちは、あの少女は誰かとニーラムバランに尋ねました。それに対して、彼は分からないと答えました。それを聞いて、今度は仲間の方が驚きました。
次の日、ニーラムバランがアンマのダルシャンを受けに来た時、アンマは彼の耳元でささやきました。
「息子よ、きのう女神がお金を届けませんでしたか?愛しい子よ、あなたのもとに行ったのは、アンマですよ」
ニーラムバランは畏敬の念に打たれ、親愛の涙が両ほほを伝って流れおちました。

神の部分的顕現ということもあるようです。
(例えば、アトリの家に、ブラフマー神の一部として月の神ソーマが降誕し、ヴィシュヌの光として、ヨーガの大師ダッタ-トレーヤが、シヴァの一部として聖仙デゥルバーサスが生まれました)
アンマは、悟りへ導いてくださる、マハートマ、サッドグル(真のグル)であると同時に、神の部分的顕現なのかもしれません。
(凡人の解釈です。間違っていましたら、すぐに訂正するので教えてください。)
アンマは言います
「バクティ(信愛)は、根元近くに実がなる、ジャックフルーツのようなものです。それは、果実をもぎ取ることが容易にできるのです。(霊性の他の道に喩えられる)ほかの木の場合には、果実をもぎ取るのに、木に高く登らなければなりません。信愛の道では、初めから至福の果実を楽しむことができますが、ほかの道では、最後になって得ることになります」
アンマは神性意識に自己を完全に確立しています。
彼女の内にある霊的な潜在力は完全に覚醒しているので、彼女のそばにいると、私たち自身の霊的な目覚めも容易に起こります。
アンマが触れたり、見つめたり、考えたりするだけで、私たちには霊的な目覚めが起こりえます。
アンマのダルシャンから 帰ったら、プレマサイジョーティさんからプージャのペンダントが届いていました。
赤い粉にまみれていて、ビックリしたのですが、すごく良い香りなんです。
香りかぐだけで、異国にいるみたいでうれしいです。
ありがとうございました♡

