2014-05-20 12:12:01
昨日、流通センターで、アンマのダルシャンを受けてきました。
開場前に着いた・・・と思ったんですが、すでにたくさん人がいて、かなり、待ちました。
整理券には、ABCDというアルファベッドと、数字が書いてありまして、子供連れだと、例えばCが始まったらCの一番に入れてもらえる?みたいなシステムみたいで、そんなに早くはないです。
昼の部もあるので、昼過ぎには終わるかと思っていましたが、結局番が回ってきたのは3時頃でしょうか、
子供連れだとちょっと大変ですけど、慣れてる方は、お弁当持って来られていて、食べさせたりとか、お菓子持ってきている人もいました。
何も持っていない人は、食べに行かれてました。
あと、トイレに赤ちゃん用のおむつ替えスペースがなかったのですが、赤ちゃん連れだと、どうされていたのでしょうか。
授乳用のスペースで替えられていたのでしょうか?
空き時間が4~5時間程あったので、トゥルシーと本買いました(*^-^*)

アンマのダルシャンの話に戻りますね。
まず、整理券いただいて、1時間ぶらぶらしていましたら、アンマ来られます!って声がしまして、11時頃にアンマ登場!
そのあと、オーム三回、瞑想とかありました。
瞑想。すごいですね。空気が。
子供が気になって(そんなに訓練できていないのもあります。。)、深く入れなかったのですが、頭頂とかがびりびりきました。一緒に呼吸を合わせるだけで、平安を感じました。
多分、瞑想し慣れている人は、すごいのではないでしょうか。
アンマと一緒に瞑想できるなんて、素晴らしい体験ですね。
マイクの男の人の声も、すごく良い声で。
あと、午後、アンマが抱擁されているステージの下の方で、ハーモニウムなどを伴奏にして、帰依者の方が、神への讃歌を歌われていました。
あまりに素晴らしい歌、演奏に、思わず何度も涙ぐんでしまいました。
特に一曲目、すばらしい歌でしたよ。あの歌なんていう歌なのでしょうか?
で、ずーっと待っていましたら、ようやく順番が回ってきまして、お花をアンマに渡しました。

うちのちびっこは、せっかく抱き上げてくださろうとしたアンマの手を振りほどいてしまって・・。
残念でした。
それで、ちびっこと一緒に、抱きしめていただきました。
アンマのダルシャン中、ありがとうございます、ありがとうございます、という言葉ばかり頭の中で回っていまして、、涙すると思わなかったのですが、胸がいっぱいになって涙ぐんでしまいました。
耳元で、マー、マー、マーと囁いてくださるのですが、その後、アンマってなんて良い香りなんだろうと気になってきまして、そうすると今度は自分のにおいが気になり、昼ごはん食べてから歯磨きしてない、アンマごめんなさいとか、そんなことばかり考えていたら、終わってしまいました。。

ダルシャンの感想・・霊的な力とか超能力とか全然ないので、ハートがびりびりくる感じとかしか言えなくてすみません。。でも、平安といいますか、愛情といいますか、そういうものを感じました。
アンマ、とても良い香りですね。
お風呂に入るまで髪に残り香がありまして、ずっとダルシャンしていただいてる気分でした。
子供は、帰りはにこにこして、電車の中の人に愛想振りまいてました。
嬉しかったのでしょうね。
帰り道、アンマの本を読みました。
少し、紹介しますね。(アンマの導き~霊性の道~より)
1953年9月27日の早朝、アンマは生まれました。
彼女は、普通の赤ん坊のようには泣かずに、輝くばかりの笑みをその顔に浮かべて生まれたそうです。
後に彼女は、生後数か月の間に起こったことをすべて詳細に思い出しては、両親を驚かせたりしました。
そのような神々しい誕生であったにも関わらず、アンマは世の中の生きた見本となるように、幼年時代と10代の日々を一心不乱に霊性修行に没頭して過ごしました。
5歳のころには、クリシュナ神に向けて、胸を締め付けられるよう焦がれる愛に満ち、深い神秘的洞察を伴う祈りの歌を作曲し始めました。

クリシュナへの愛にわれを忘れ、彼女は自分の心と魂をこうしたメロディに注ぎ込んでいきました。
アンマが9歳になったとき、母親が病気になったため、料理や家事など、すべての負担がアンマに重くのしかかり、彼女は学校を辞めざるをえなくなりました。

アンマは一言も不平を言うこともなく、つらい仕事をこなし、長い重労働の一瞬一瞬を、喜んで主クリシュナへの祈りとして捧げました。
彼女は自ら進んであらゆる障害、家族から受けるすべての冷遇を受け入れ、唯一の慰めを、いとしい主クリシュナを常に想起することの内に求めました。

真夜中に仕事が終わると、アンマは寝ることもせず、そのあとの時間の大部分を瞑想し、主のために歌い祈ることに費やしました。
家事の一環として、アンマは自分の家で飼っている雌牛の食べ物を集めるために、しばしば近所の家を訪れていました。
そこで彼女は老人が語る悲しい話に耳を傾けました。老人は、いかに自分たちが成人した自分たちの子供や孫たちから無視され、冷遇されているかについて語りました。
アンマは、子供のころには親の健康や長寿を祈っていた同じ人物が、いまでは年老いて体が弱くなった両親を呪ってさえいるということに気づきました。
彼女は、世俗的な愛には、その根底に常に利己的な動機があることを気づいたのです。
まだ小さかったにもかかわらず、アンマは年老いた近所の人々の苦しみを和らげるために出来ることは何でもしました。
彼らの衣類を洗い、お風呂に入れてあげたばかりでなく、自分の家から食べ物や衣類を彼らに持って行きさえしました。

自分の家から物を持ち去るこの習慣は、アンマをしばしば窮地に追いやりました。けれども、彼女はどんなに罰を受けたところで、生まれながらに持っていた思いやりの気持ちを表現することをやめることはできませんでした。

アンマは両親に言いました。
「この肉体を持つ真の目的は、他者の無知のために苦しむことです。」
アンマが10代になると、クリシュナへの愛は言語を絶するようになっていきました。彼女は至福の中で踊り、神に陶酔し、まったく世の中のことなど見えなくなりました。アンマの目には、森羅万象のすべてがクリシュナだけによって満たされているように映っていました。
その後ほどなくして、アンマは主クリシュナとの深く神秘的な合一に達し、自分自身とクリシュナをもはや区別できないほどの完全な一体化を実現したのです。
彼女の家族や村人の多くは、彼女の崇高な雰囲気を全く理解することができず、いろいろな嫌がらせを始めました。

最後には彼女は家を追い出され、日夜、野外で過ごさなければならなくなりました。アンマの家族と村人が彼女を拒絶した時、彼女と付き合って忠実な友となったのは、鳥や動物たちでした。動物たちが彼女に食べ物を運び、自分たちにできることをなんでもしてくれたのです。
アンマは立て続けに何か月もの間、もっとも過酷で厳しい修行に没頭しました。彼女は何時間も、何日間も続けてサマーディの状態に入り、外的な意識を一切示さないということもしばしばでした。彼女の霊性修行は、宇宙の聖なる母の内へと彼女の個人的自我が完全に溶解することで頂点に達しました。
「微笑みながら、聖なる母は光の塊となって、私と一つになった。私の心は花開き、神性の多色の光に浴していた。それ以来、私は自分自身の真我から分離したものを、何一つ見なくなった。」(アンマ)
彼女は、「全宇宙が自身の真我の中に小さな泡として存在していること」を悟ったのです。
すべてを貫く原初の音である「オーム」が、彼女の存在の内から自然に湧き出してきました。アンマは神のすべての形態は唯一のアートマンの顕現であることを自ら体験したのです。

後に、神を切望する祈りの歌と、若い時に体験した激しい苦行の必要性について尋ねられた時、アンマはこう答えています。
「ラーマとクリシュナは神の化身なのに、シヴァ神とデーヴィ女神を崇拝しなかったかしら?もし、耳が聞こえなくて口もきけない人と意志疎通をしたければ、自分が使っている言語で話しかけることなどできません。伝えたいことをやり取りするには、手話で意志の疎通をしなければなりません。でも、あなたが手話を使っているからといって、あなた自身の耳が聞こえなかったり口がきけなかったりするわけではありません。
同じように、神の化身たちも厳しい修行や瞑想などをするかもしれませんが、彼らはそれを本当に必要としているわけではないのです。世界に見本を示すためだけに、そのようなことをしているのです」
こうした初期における激しい苦行の時期を経て、アンマは貧しい人々や苦しんでいる人々に奉仕をするとともに、霊性のメッセージを伝えるという自らの使命に完全に身をささげていくようになります。彼女は、祝福を求めて押し寄せてくる大勢の人々を受け入れ始め、彼女の生まれた場所がアシュラムへと変貌しました。かつては小さかったアシュラムは、何千人もの人が集まるようになり、2千人を超える求道者たちがそこに住み、アンマの直接的な指導のもと、霊性修行と無私の奉仕に従事しているそうです。

この本の中で、心に残った場面をいくつか紹介させてください。
アンマは、とても若いころ、自分の家の雌牛に与える残飯(タピオカの皮)をもらうために、近所の家々を訪れていました。そのとき彼女は、多くの家で、子供たちに十分な食べ物がないことに気づきました。こうした子供たちは、飢えのために胎児のような恰好をして眠っていました。別の家では、老人たちが、自分の子供たちから完全に無視されているのを目にしました。多くの人々は、治療を受けるお金もなく、病気にかかっていました。
アンマはこうした悲惨な状況をみて、創造主に非常な怒りを感じました。この世のすべての苦しみに対する仕返しとして、彼女は自分自身を少しずつ火であぶって死にたいとさえ考えました。
けれども、本当にそれを実行しようとしたとき、内側から声がして、もし苦しんでいる人がいるなら、それはその人が過去に行った行為の結果であり運命である、と彼女に語りかけました。そしてその声は、さらにこう言いました。
「あなたが生まれた目的は、こんな形で自分の肉体を捨て去ることにあるわけではない。あなたの助けと導きを必要としている人々が何百人といるのだ。あなたの人生はそうした人々に奉仕するためにある。彼らへの奉仕を通じて、あなたは私(究極の真理)に奉仕することになるのだ」
アンマはそれを認めて、「苦しむことが彼らの運命なら、助けることが私の務めです」と確信することになりました。
2に続きます。


