因幡の白うさぎについて・・徐福?それとも宇宙人?熊本の遺跡トンカラリン&韓国が大変なことに・・

出雲

2025-10-23 06:12:38

いなばの白うさぎについての考察。(前回の続き)

徐福が白うさぎなのか、

徐福について考えていました。

徐福が日本へ2回やって来て文化の発展と人口増に多大な影響を与えた事は日本史では触れられない! 出雲王家の口伝では徐福とホアカリ、ニギハヤヒ、スサノオは同一人物! 子孫は初代大王のアメノムラクモ(海部王朝|森啓成 (モリヨシナリ | Yoshinari Mori)@Bizconsul Office代表

徐福が日本へ2回やって来て文化の発展と人口増に多大な影響を与えた事は日本史では触れられない!
出雲王家の口伝では徐福とホアカリ、ニギハヤヒ、スサノオは同一人物!
子孫は初代大王のアメノムラクモ(海部王朝)!

  1. ◼️徐福とは?
  2. ◼️出雲王家の口伝では、徐福は出雲では火明(ホアカリ) 、再来日した筑紫では饒速日(ニギハヤヒ)を名乗り、記紀ではアマテラスの弟 スサノオとされた。
  3. 徐福一団の来日は日本の人口増と文化発展に多大な影響を与えたが日本史では触れられない。
  4. ヤマト政権の初代大王は、徐福の子孫 海部氏のアメノムラクモだった。
  5. 藤原不比等により天皇家の万世一系を正当化するために創作された記紀には、各地の史実が隠された。
  6. 歴史は勝者が書き換える。 和歌山県海南市の名草戸畔伝承、出雲王国 富家の口伝、岡山県の温羅伝説など、記紀とは違う伝承が各地に残る。 古代日本の本当の歴史を知りたいなら各地の風土記や伝承、神社の社伝、旧家に伝わる口伝などを調べる。
  7. ◼️中国に帰った徐福は処罰を恐れ、始皇帝には、海に大きなサメがいて、行く手を阻まれたために、薬は入手できなかったと嘘をつき、2度目の来日のときには、石弓に優れた射手たちを引き連れて筑紫に上陸し吉野ヶ里に住んだ(吉野ヶ里遺跡は徐福たちの住居跡)。 徐福の子孫が2度の物部東征により奈良へ移り住み、軍事氏族の物部氏となっていった。
  8. ちなみに空海の母方の阿刀氏は渡来系氏族である物部氏の支族だ。父の佐伯氏は大伴氏の支族。では大伴氏の先祖はどこから来たのか? 空海は遣唐使として中国へ渡る前から中国語が話せた。
  9. 徐福は、日本各地の神社で、饒速日命(ニギハヤヒノミコト: 物部氏の始祖)、天火明命(あめのほあかりのみこと)、素戔嗚尊(スサノオノミコト)として祀られている。
  10. 中央アジアから斉国(西周・春秋時代・戦国時代にわたって中国の東方に存在した国家)へ移動して来た民が、徐福と共に紀元前3世紀ごろに日本へやって来たのかもしれない。 
  11. 紀元後3-7世紀に朝鮮から日本へ移住して来た秦氏は、自分たちの先祖が日本に住み、日本という国を造ったと言うことを知っていたのだろう。
  12. ◼️徐福 = ホアカリ、ニギハヤヒ、スサノオを祀る神社
  13. 🔸京都府宮津市 籠神社 ホアカリ、ニギハヤヒ → 初代大王アメノムラクモ
  14. 🔸奈良県天理市 石上神宮 ニギハヤヒ →物部氏の氏神
  15. 🔸和歌山県新宮市 阿須賀神社 ニギハヤヒ →徐福公園、徐福の墓
  16. 🔸熊野本宮大社 ニギハヤヒ
  17. 🔸熊野速玉大社 ニギハヤヒ
  18. 🔸熊野那智大社 ニギハヤヒ
  19. 🔸島根県松江市 熊野大社 スサノオ
  20. 🔸埼玉県さいたま市 氷川神社 スサノオ
  21. ◼️出雲王家 富家の口伝
  22. ◼️ヤマト政権の歴代王朝
  23. それは一通のメールから始まった 

◼️徐福とは?

徐 福(じょ ふく)
拼音: Xú Fú
生没年不詳
秦の方士。
斉国の琅邪郡(現在の山東省臨沂市周辺)の出身。

 本来の表記は徐巿(じょふつ)

→ 日本書紀に登場する経津主神(ふつぬしのかみ)や、ヤマト政権の武器庫と言われる物部氏の石上神宮(奈良県天理市)の祭神
布都御魂大神(ふつのみたまのおおかみ)は徐福のことと考えられる。
素戔嗚(スサノオ)が使っていた刀を布都御魂と言う。

 

◼️出雲王家の口伝では、徐福は出雲では火明(ホアカリ) 、再来日した筑紫では饒速日(ニギハヤヒ)を名乗り、記紀ではアマテラスの弟 スサノオとされた。

徐福一団の来日は日本の人口増と文化発展に多大な影響を与えたが日本史では触れられない。

ヤマト政権の初代大王は、徐福の子孫 海部氏のアメノムラクモだった。

 

藤原不比等により天皇家の万世一系を正当化するために創作された記紀には、各地の史実が隠された。

 

歴史は勝者が書き換える。 和歌山県海南市の名草戸畔伝承、出雲王国 富家の口伝、岡山県の温羅伝説など、記紀とは違う伝承が各地に残る。 古代日本の本当の歴史を知りたいなら各地の風土記や伝承、神社の社伝、旧家に伝わる口伝などを調べる。

 

◼️中国に帰った徐福は処罰を恐れ、始皇帝には、海に大きなサメがいて、行く手を阻まれたために、薬は入手できなかったと嘘をつき、2度目の来日のときには、石弓に優れた射手たちを引き連れて筑紫に上陸し吉野ヶ里に住んだ(吉野ヶ里遺跡は徐福たちの住居跡)。 徐福の子孫が2度の物部東征により奈良へ移り住み、軍事氏族の物部氏となっていった。

ちなみに空海の母方の阿刀氏は渡来系氏族である物部氏の支族だ。父の佐伯氏は大伴氏の支族。では大伴氏の先祖はどこから来たのか? 空海は遣唐使として中国へ渡る前から中国語が話せた。

 

 

徐福は、日本各地の神社で、饒速日命(ニギハヤヒノミコト: 物部氏の始祖)、天火明命(あめのほあかりのみこと)、素戔嗚尊(スサノオノミコト)として祀られている。


また徐福の子や孫も、神として各地の神社で祀られている。

 

◼️天火明(アメノホアカリ)の後裔氏族

『新撰姓氏録』では、天津彦根命・天穂日命・天道根命などの子孫と合わせて、天火明命の子孫を「天孫」と称している。

天孫系は高天原から尾張国や丹波国にも移り、尾張氏・津守氏・海部氏・丹波氏など多くの氏族の祖神とされ、『海部氏系図』(あまべしけいず)にも始祖としてその名が記されている。

穂積氏・物部氏の祖である饒速日(ニギハヤヒ)と同一ともいわれる。

 

◼️秦氏は前3世紀に徐福と共に斉国から渡来。

後3-7世紀にも先祖が眠る日本へ移住、ひたすら資金と高度な技術を提供し続け先祖の国、日本の国造りを影で支援(土木、機織り、神社建築、酒造、芸能、等)

ルーツは中央アジアの弓月国(カザフスタン辺り)と言う説がある。

徐福と共に日本へ来た秦氏の一団は、斉国(西周・春秋時代・戦国時代にわたって中国の東方に存在した国家)からやって来た。

 

●秦王国の所在地と秦氏の祖・弓月君の故郷 弓月国の考察

http://kiwarabi.html.xdomain.jp/hataoukoku.pdf

 

●弓月国と言う地域

弓月国(ゆずきのくに)という地域 - 発想多彩ひろば
~ おさむの鳥の目218 ~先日、京都市埋蔵文化財研究所の人の「埋蔵文化財から見...

 

中央アジアから斉国(西周・春秋時代・戦国時代にわたって中国の東方に存在した国家)へ移動して来た民が、徐福と共に紀元前3世紀ごろに日本へやって来たのかもしれない。 


中央アジア(弓月国:カザフスタン) → 斉国 → 朝鮮(新羅) → 日本

 

紀元後3-7世紀に朝鮮から日本へ移住して来た秦氏は、自分たちの先祖が日本に住み、日本という国を造ったと言うことを知っていたのだろう。

 

日本各地に居住した秦氏だが、香川県では香河郡に多く居住した。今の高松市に当るが、古墳も非常に多い。讃岐一ノ宮の田村神社は秦氏の氏神だった。

 

 

◼️徐福 = ホアカリ、ニギハヤヒ、スサノオを祀る神社

 

🔸京都府宮津市 籠神社 ホアカリ、ニギハヤヒ → 初代大王アメノムラクモ

🔸奈良県天理市 石上神宮 ニギハヤヒ →物部氏の氏神

🔸和歌山県新宮市 阿須賀神社 ニギハヤヒ →徐福公園、徐福の墓

🔸熊野本宮大社 ニギハヤヒ

🔸熊野速玉大社 ニギハヤヒ

🔸熊野那智大社 ニギハヤヒ

🔸島根県松江市 熊野大社 スサノオ

🔸埼玉県さいたま市 氷川神社 スサノオ

 

 

◼️出雲王家 富家の口伝

 

【タブー】出雲王家の口伝書「出雲王国とヤマト政権」に記される古事記とは違う日本の歴史とは? 大和の支配者側でなく出雲王家側から見た隠された日本史! ヤマトの初代大王は徐福と出雲王家の血を引くアメノムラクモだった! | BIZCONSUL OFFICE◼️出雲王家の富家の口伝を読むと、記紀には名前が出てこない徐福が日本古代史のキーパーソン。 徐福は、記紀ではスサノオにされbizconsul.net

富家の口伝では、「天叢雲」(アメノムラクモ)は、大和王朝初代大王である。

徐福は、2回日本へ来ているが、1回目の渡航で出雲に上陸し、「ホアカリ」と名乗り、八千戈王(大国主)と宗像家の多岐都姫の娘「高照姫」を后とし、「五十猛」(香語山)をもうけた。

 

2回目に佐賀県に上陸した徐福は「ニギハヤヒ」と名乗り、宗像家の「市杵島姫」を后に迎え、その子である「穂屋姫」と「五十猛」が結ばれ、「村雲」が生まれた。


五十猛(イソタケ)は丹波で「海家」(海より渡来した一族)を名乗っていたので、村雲は大和で「天村雲」王と呼ばれた。

 

徐福は「ホアカリ」「ニギハヤヒ」を名乗っていたが、記紀では「スサノオ」と記された。

 

ヤマト王朝の初代大王であるアメノムラクモ(天村雲)は、徐福(スサノオ)の血を受け継いでいることになる。徐福の子が五十猛(カゴヤマ)、孫が天村雲。

 

神武天皇は創作された人物で、神武東征は、徐福の一団の物部が筑紫から奈良へ2度、東征したことを指す。

 

和歌山県の熊野地方で祀られる熊野速玉大神は、饒速日(ニギハヤヒ = 徐福 = スサノオ)のこと。

 

3世紀から7世紀に渡って日本へ渡来して来た秦氏は元々、中央アジアの弓月国に住んでいた民と言う説がある。自分たちの先祖たちが眠る日本へ中央アジアから斉国、朝鮮を経てやって来て、高度な土木技術、機織り、酒造り、芸能、神社の造営(稲荷神社、八幡宮、松尾神社)などを伝えた。

秦氏は自分たちの先祖が徐福一団として日本へやって来て、日本を作ったことを知っていた為、政治には関与せず、ひたすらお金と技術を提供し、影から日本をサポートし続けた。京都の平安京への遷都は秦氏の財力と技術なくしてはなし得なかった。秦氏は表に出て来ないが、今も日本を支え続けている。

 

 

◼️ヤマト政権の歴代王朝

 

 1)海部王朝|初代大王(アメノムラクモ)、二代 沼川耳大王

 2)磯城 (しき) 王朝|3代〜9代。出雲族の太陽信仰。

 3)物部王朝|10代 崇神天皇〜14代 三韓征服。

 4)応神王朝|15代 応神天皇 住吉大社創建。

 5)仁徳王朝|16代 仁徳天皇〜25代 ヤマトの五王と巨大古墳。

 6)蘇我王朝|26代 継体天皇(オホド王) 〜 現在の天皇家に続くと言われる出雲系の蘇我王朝。

 

ここで気になるのが、
「海に大きなサメがいて、行く手を阻まれた」という徐福の言葉です。

白うさぎは、サメに皮をはがれ、大国主に助けられたのでした。

もし、白うさぎ=徐福なら、
徐福は、嘘をついていたのがばれ、ひどい目にあわされたけれども、大国主に助けられたのでしょう。

ここで不思議なのが、なぜ、徐福=うさぎなのか?ということです。

気になるのが、

「月でうさぎがもちつきをしている」という伝承。

うさぎ=月、宇宙人、を彷彿とさせます。

日月神示で、月の霊人という表現もありましたね。

思い出したのが、このブログ

因幡の白兎は彼らに封印されている | たかちほのブログ

因幡の白兎は彼らに封印されている

2025-04-21 04:26:10

2013年9月 地球年齢6歳の時の会話メモ

それは一通のメールから始まった 

~プロローグ~~

ピロピロピロ~  ピロピロピロ~  ピロピロピロ~

 それはまだ暑さが残る九月某日に、それはノアちゃんの一通のメールから始まりました。

ノア「鳥取県を皆で旅行している夢を見た。その上空を今は亡き某人が空を龍になってグルグル飛んでいた」

※今は亡きの意味は、当時私は兎を飼っていて、数年前に亡くなっていたのですが、どうやら兎型宇宙人の魂が入り込んでいたと、不思議ですが、その後に身の回りの人達にはそうとしか思えない現象が大量に起きていたのです。

 

その後の事です11月に入ってから今度は以下の連絡が有りました。

ノア「鳥取県(因幡)を皆で楽しそうに旅をしていた。船に乗ったりもしていたよ」

 この時点で私は因幡に興味はあるけれども他にも興味ある場所が複数あるので、因幡を優先して行くとは言ったこともないんです。

そして、トリプルな決定打をカッピーが出してきました。

カッピー「因幡の白ウサギってね・・・お兄ちゃんの事だからね」

たかちほ「えっ?誰が言ったのそんな事。」

カッピー「岡田宇宙人(仲間の宇宙人)それとねぇ。昔の出雲大社はお兄ちゃんが作ったんだよ。因幡にはお兄ちゃんが作った神社がもう一つあってね。たかちほはそこに行くようにと兎兄が言ってるよ」

すると絵を描き始めたのです

それがこれです・・・・

2014年8月7日 地球年齢7歳の時の会話メモより  土星生れ魂年齢100万歳

※補足注:カッピーは兎型宇宙人の伝説を産まれつき知っていて、地球創造をした神は兎の姿をしていると主張しています。

この会話の内容について、後ほど調べてみると、出雲大社の土器にどう見ても兎形宇宙人が創建している話はあるようですし、日本の国母と言われるアマテラスは兎に導かれたという伝説が残っていたのです。

因みに世界を作った神としてインディアンの伝説にもナナボーゾという巨大な兎の神様の言い伝えが有るのです。

土星に居た頃は仲良く兄弟として一緒に暮らしていて、宇宙空間から兎兄に魂を地球に蹴落とされて地球に転生した記憶を持っています。

【打倒しま●っこ】

このゆるきゃらの名前は「すずりん」

カッピー「兎は、某場所のユルキャラがどうして僕じゃないの?」と言っています

でも彼がそう言うのには深~い訳が有ったのでした・・・

さて・・・・。その訳とは・・・・・?

出雲大社の入り口にはこんな受付が有るそうです。

御神体の様な仏像・・・・・

私達人間の目には見えないそうです・・・・。

しかし・・・・この出雲大社の事でやっぱり兎兄は訴えたい事が有るようでしたね・・・・

【兎が語る封印とは?】

たかちほ「どうしてそんなに出雲にこだわるのW?」

兎兄「だってぇ~~。出雲大社って僕が作ったんだよ~。なのに忘れられてるし~」

耳が炎になって居ます。一生懸命働いて神殿を作っている所だそうです。そして隣にある変わった形の物は・・・・土星の傘だそうです。やはり宇宙だけに変わったデザイン・・・・。

 そして本当に史実に有るのでとても驚きました。一体その事柄とは・・・・?

(途中略)

【封印を仕掛けられた事が有る】

僕はこの様に封印されれているよ・・・・

ひぃ~んママ助けて・・・・(´;ω;`)シクシク

ところが・・・・

僕は宇宙人さ!人間の縛りつけなんかずっとは効き目がないよ

何とか、脱出して君達の元にやって来たのさ!

大切な追記有!白兎神社〜今更ゾッとしました | たかちほのブログ

大切な追記有!白兎神社〜今更ゾッとしました

当時はどこか分からなかったんですけど、訪問する機会がなかったから調べずに、そのままになってましたが

白兎神社はいくつかあるので、これに似た場所を探してみたんです

そしたら、これじゃないかな?という神社があり

八上 福本 白兎神社    Wikipediaより引用

何にゾッとしたかというと階段が3段で、兎が向かって右側が立ってるのに、左側座ってます。

その様子が全く同じように描かれていたということです。

で、またまたぞっとする事が起きて

つまり、御神体が戻っているのです。カッピーは最初から何も知識ないのに、御神体のある神社を書いていて、しかも加茂神社に持っていかれたり戻されたりの経緯を知らないはずなのに、最初からこの神社が見えていたという事。

そして此処に行けという言葉は

『御神体のある場所に行ってきなさい』の意味でしょ!

しかも怖すぎるのはノアノート

行き方と値段まで書いてあり

こちらの白兎神社についてはは私達にとってはダミー(御神体のいない)白兎だけど、注目しほしいのは賀茂神社の場所。

てっきり私は京都のかと思っちゃったんですけど、しっかり彼女は池田のだと書いている!

当時の転載した文章を見ても賀茂神社としか書いて無かった💦

つまり、何か知っているか?何かしらで調べないと分からないわけで。しかも私が勘違いしていたの分かっていただろうに。

彼らの方式。自分で階段登れる奴(本物)しか相手にしないってまさにこれだね😂

もしこれが本当なら・・

この方のお子様によると、
出雲大社に封印されているのは、白うさぎだったとのこと。

そして、白うさぎを封印したのは、
騙されたことに怒った人々、なのでしょうね。

↑によると、天照大御神を案内したのはうさぎだった、と書かれていますね。

つまり、大和側だったということでしょうかね。

そして、因幡の白うさぎ=封印されている白うさぎというのが本当なら、
嘘をついて、出雲を侵略しにきた存在は、
宇宙人だったということでしょうか!?

この方が、動画を紹介されていまして。

↑トンカラリンには、後頭部が長い、変形頭蓋骨が残されていたとか。

↑この動画では、

今まで見たことのない姿の宇宙人を、

皮をはいだうさぎと表現したのではないか?と言われています。

・・因幡の白兎は、徐福かと思っておりましたが・・
宇宙人の可能性もあるのでしょうかね!?

気になったので残しておきます。

ありがとうございました♡

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