2017-03-30 05:15:11
前々から話題になっていた「君の名は」を
ようやく見ました。
評判どおり、映像がとても綺麗ですね![]()
どのシーンを切り取っても、
そのまま飾れそうな美しい画像でした。

「君の名は」には、興味深いことがいくつもありますね。
まず、朝起きると、男女の体が入れ替わっていたこと。
他人と入れ替わるっていう物語は昔からありますが、
「肉体は魂の入れ物」と、改めて認識させられます。
それから、3年後の未来から来た瀧くん(の魂が入った三葉)が、
糸守の人々を救おうとしているシーンは
ライトワーカー?を刺激するような要素を持っている気がしますし、
未来を生きている瀧と
(瀧くんが生きている時代の)
3年前の時代を生きている三葉。
入れ替わっている時間に、3年の時差があるので、
携帯も通じないし、会っても分からない。
同じ場所にいるけど、
時間軸がずれているため
決して会えるはずのない二人が、
なぜか、
「かたわれ時」の一瞬だけ、
時空を超えて出会えたという
タイムトラベル的要素も含んでます。
「ねじれてつながって、寄り集まって、戻って繋がって、
それが結び、それが時間」っていう、
おばあちゃんの言葉が深いですね^^
「時間と空間は、物質と同じように、
曲げたり変形させたり
変化させることができる」(時を超える聖伝説)
って言葉を思い出しました。
あと、「君の名は」は、「女性性と男性性の統合を象徴する映画」とも言われていますね。
(「かたわれ時」に会えたのだから、魂のかたわれだったのかな。)
他に気になったことは、
口でお米を噛んで蓋をしておいたら、お酒になるという、「口噛み酒」。
口で噛むだけで、
お米が変化して、
発酵してお酒になるなんて、
微生物の力は すごいですね。
調べてみましたら、口噛み酒って、お米以外でも、
お芋や木の実でも作られていたのですね。
古代日本、アイヌ、沖縄、奄美諸島、中南米、アフリカ、アマゾンなどで作られていたそうです。
沖縄では、近代まで、祭事用に口噛み酒をつくっていたそうで、
神事で醸す場合には、巫女が原料を口で噛んでいたそうです。
「口に入れるものは、魂と結びつく」っていう
おばあちゃんの言葉が伏線になって、
後につながってましたね。
いろいろな要素が絡み合っているから、
大ヒットしたんでしょう。
おもしろかったです。
・・個人的には、瀧くんの体の中にいる三葉が、
「瀧くん・・」と言ったシーンがちょっと心に残ってですね。
三ツ葉が中にいる時の瀧くんは、
ちょっと内股気味になっていましたね。
瀧くんが、どこか女性的な雰囲気をまとっていて、
女性の意識によって、男性の体が動かされているのが
うまく表現されているように感じました。
で、それを見ながら、
心と体の性別が違うという
トランスジェンダー(性同一性障害)を思い出したのでした。
(この映画はそういう話ではないですけど)
心に残ったのは、この間、
トランスジェンダーの女性の記事を読んだからかもしれません。。
「この体が嫌なんよ」と言って、若くして亡くなられた女性のお話でした。
こちらより引用
8年前の冬、ある性同一性障害者が自ら命を絶った。
名は「優子」。
女性の体に男性の心を宿し、その相克にさいなまれ続けていた。
母は願う。個人がそうありたいと思う性を受け入れる社会を――。
母の今の思いを、記者が聞いた。
◇
あの子が大人になってから、2人でよく釣りに出かけました。
「釣れるかねぇ」
「釣れるといいねぇ」
そう話しながら堤防から糸を投げました。また行こうねと、約束していたんですけど……。
《私は29歳になったばかりの女性です。
しかし幼少の頃から女の子が好む「ままごと」や「縫いぐるみ」は嫌いで、
「ミニ四駆」や「少年ジャンプ」を愛好していました。
スカートは制服なので仕方なく穿(は)いていました》
(優子さんの仮処分申し立ての陳述書から)
「そういうのが好きな女の子なんだな」と思い、
性同一性障害とは気がつきませんでした。
女の子が最高に着飾り、思い出に残る成人式。
「一度は着物をきちんと着たいのではないか」。
そんな親心から、「スーツで行く」と言う優子に黄色地の振り袖を用意しました。
今振り返れば、かわいそうなことをしたと思います。
私が喜んで支度しているのを見て、
台無しにしたくないという思いで何も言わなかったんじゃないかな。
写真館で撮った振り袖姿の写真は、どうしてもリビングには飾れない。
《戻っても居づらかったらその時に考えるので、自分の好きな職場に戻りたい。
この先、女として生きるのも男として生きるのも、
精神的にも肉体的にも生き辛(づら)いのには変わりがないので》(同)
職場のことを話すとき、「天性の仕事なんよ」と言ってとても楽しそうでした。
でも同僚に性同一性障害と打ち明けると、離れていってしまった。
優子にとってはすごく生きづらかっただろうなと思います。
心と一致した性で産んであげられなかったという思いもあります。
《今でも、自分は男として生きていくべきなのか迷います。
女で通すと決める一方、
それが卑怯(ひきょう)だという思いがあり、
いつも「普通の女」「普通の男」の言動と自分との差を何となく気にしています》(同)
亡くなる数日前、「この体が嫌なんよ!」と言って胸のあたりをかきむしり、嗚咽(おえつ)をもらしていました。
感情をあらわにすることはほとんどなかったのに。
それほどまでに失望したんだと思います。
自分の体と性を受け入れて何とか生きていこうとしたけど、周りに受け入れられなかった。
亡くなったのは自宅の和室。29歳でした。
「優ちゃん、優ちゃん」
必死に名前を呼びました。
懸命に何かをこらえているような表情を見て、
「苦しかったんだね」という思いがこみ上げました。
どうして死ななければいけなかったのか。
優子の死を自己責任と言って終わらせないでほしい。
そう思って裁判を闘ってきました。
これは優子だけの問題じゃないんです。
みんな違ってみんないい。
みんながそう思える社会だったら優子は受け入れられていたのかもしれない。
自分の生きたい性で生きられる社会になってほしいと思います。(田中瞳子)
(優子さんは、勤務先の自動車販売会社の正社員になった直後、
性同一性障害を告白し、
告白したことをきっかけに、会社から退職の強要を受けるなどして
うつ病になり、亡くなったそうです。
優子さんの母親は、広島地裁に提訴し、
山口地裁岩国支部は、解雇は無効として会社の賠償責任を一部認める一方、解雇と自殺の因果関係は認められないと判断、最高裁で確定しています。)
この世の中は、優子さんにとって、とても生き辛かったのでしょうね。
今では芸能人でも、性同一性障害を公にしている人も多いですが、
それでも、「人と違う」というだけで
白い目で見る人もいたりしますよね。。
一人ひとりが、生きたい性別で生きれるように、
違いを認め合って、のびのび暮らせる社会になってほしいものです。
そんなことを考えていたので、
京都府の国民健康保険組合が、
「性同一性障害の方の保険証の名前を変更できるようにした」
というニュースを読んで、
嬉しくなりました。
戸籍上は男性だが女性として生活している京都市の50代の会社経営者は、
2012年にGID(性同一性障害)と診断され、
14年春に性別適合手術を受けたのだそうです。
もともと男性だった会社経営者は、
ホルモン治療を受け、
化粧をするなど、
普段から女性として暮らしているのですが、
子どもがいるため、
戸籍上の氏名は日常生活への影響を考えて変更していません。
戸籍の氏名は変更していないため、
医療機関で受診すると、男性名で呼ばれたり、
「他人の保険証は使えない」と言われたりしたのだそうです。
人間ドックでは男性用の更衣室に案内され、
心理的ストレスを抱え続けてきました。
経営者は15年8月、
加入する府酒販国民健康保険組合に女性名への変更を相談。
組合が厚生労働省に照会したところ、
「保険者(=組合)の判断で氏名表記して差し支えない」との回答を得たため、
16年8月、女性名に変更したそうです。
家族などの事情で戸籍上の名前変更ができない方も多いと思うので、
戸籍を変えなくても、
保険証の氏名を変更できるのは、ありがたいですね。
そんなことを考えていて思い出したのですが、少し前、
ユーチューブでヴィシュワナンダを見ていて、
すごく癒されたことがありました。
「be happy(幸せでいなさい、幸せになりなさい)」ってとこ。
ヴィシュワナンダの優しさがにじみ出てる気がして、
そこだけ何度も繰り返し再生して聞いていました^^
よくわからないけど、
トランスジェンダーについてのお話のようでした。
聞いてるだけでは、意味がよくわからなかったので、
訳してみました。↓
「わたしは、多くのトランスジェンダーの人を知っています。
最初、彼らは全く幸せではありませんでした。
彼らはいつも、落ちこんでいました。
しかし、性転換後、彼らは再び幸せになった。
わかりますか。
人々は自分のことにこだわって、
高める(上向く、引き上げる)のを忘れてしまいます。
それは、小さな問題ではなく、大きな問題です。
それ(性別の問題)は大きくありません。
あなたが落ち込むことが問題です。
あなたは、高まることがありません。
より重要なことは、あなたが高まる(上を向き、活気づく)ことです。
高まることが大切です。
人生で何をするかは、それぞれの選択次第です。
性別を変えることで、
神我実現に向けて進歩できるのならば、
なぜ 変えないのですか?
変えなさい。
そして、幸せでいてください。
わたしはタイの旅行中に、たくさんのトランスジェンダーに会いました。
トランスジェンダーの人々は、悪い人ではありません!
トランスジェンダーが正しいとか間違っていると判断する権利が、だれにありますか?
人々は、自分自身について深く考えていませんよね。
人生について、深く考えていません。
彼らは、自分の愚かさを見ません。
もし神が、トランスジェンダーとして彼らをつくったのならば、
神が、彼らにその感情(問題を克服しようという感情)を与えているのです。
だれがあなたのもとに来て、「それ(性別を変えること)は間違っています」と言うでしょう。
もし神が、彼らに性別を変えてほしくなければ、性別を変えようとは思わないでしょう。
あなたは、神の創造に欠陥があると思いますか?
いいえ、神の創造に欠陥はありません。
人生のすべてのステップで、神はすべての人を導きます。
神は、すべての人を神に近づけます。
あなたが落ち込んでいる限り、神に近づくのは難しいです。
そういうわけで、「立ち上がりなさい、(高揚しなさい、高まりなさい)」と言われるのです。
最初に、心を超えてください。
心で、あなたはいつも人々を裁くでしょうから。
批判で満たされていながら、どうやって人々を愛するのですか?
神へ向かう道では、わたしたちは(心を)超越しなければならず、神のようになります。
そうですよね?
神とはどのようなものですか?
神は愛に満ちています。
あなたが何をしようとも、
神はあなたを愛しています。
わたしはどんな質問も、善悪では見ません。
人が気持ちが良いと思うことを、させてください。
わたしたちは、すべてに意見を持っていますが、
わたしたちの意見はありますか?(いいえ)
わたしは誰にも、好きではないことを強制することはできません。
自分が好きなものを、好きになるようにと、誰かに強制することができるでしょうか?
できません。
誰もが個人です(唯一の存在です)
だれもが、最高の目的を持っています。
そして、すべての人が、最高目的に到達するための、異なった方法を持っています。
愛が目覚めるかぎり(愛が目覚めさえすれば)、
神にどんな道具を与えられたとしても、問題はありません。
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ヴィシュワナンダ聖者が、
「あなたが落ち込んでいる限り、神に近づくのは難しいです」
と言われておられるように、
性同一性障害でも、他のなにかの障害でも、悩みでも、
障害そのものではなく、
「落ち込む」ということが、神への道の障害になるのかもしれません。
「性別を変えることで、
神我実現に向けて進歩できるのならば、
なぜ 変えないのですか?
変えなさい。
そして、幸せでいてください。」
という言葉が心に残りました。
同性愛者になる理由は、生まれつきの脳の構造にあるそうです。
心が女性である男性の脳の構造は、一般の男性とは異なり、
女性の脳に近い形で、
心が男性の女性の脳の構造は、男性の脳に近い形をしているそうで、
個人的な性癖や好みの問題ではなく、生まれながらの、努力では変えることのできない体の問題なのだそうです。
性同一性障害の方で、「性別を変えたい」と思う方は、
内在の神に、そのように導かれているのでしょう。
(性同一性障害の治療には、保険がきくものと効かないものがあるようで、
ホルモン療法や性別適合手術には、保険が適用されないので
高額ですね。
すべての方が、望みの治療を受けられるようになりますように)
この頃、LGBTの問題が取り上げられていますが、性同一性障害の問題が広く知られてきて、生きやすくなっている面もあると思います。
(グローバリストが、LGBT問題を取り上げたと言われていますが、グローバリストのやることは、悪い事ばかりではないですね。良い面もあります。
例えば、女性の社会進出は、女性からも税金を取れるようにという裏目的のもと、グローバリストが推進したそうですけれども、働くことで幸せになった女性もいます)
性同一性障害の方も、幸せでありますように。
ありがとうございました♡

