2016-01-24 04:26:09
ちょうど一週間前、「臨死体験者が語る『宇宙とこれからの地球』」という講演会に行ってきました。
あまりにも濃い内容だったので、忘れないように書いておきます。(・・・って、書けないまま、もう一週間が経ってしまったので、忘れているところも多々ありますが^^;)
これを知ったきっかけは、タカテルさんの記事↓

高木義之さんと中山康直さんという、二人の臨死体験者が、臨死体験を語ると書いてありまして、死んだらどうなるのか、どういう体験をしたのか、お二人の臨死体験は、文字で読んだことはあったのですが、実際に聞きたくて行ってきました^^
会場に着いたのは12時過ぎ。もうすでに、クリスタルボウルとバイオリンの演奏が始まっていました。
こういうスピリチュアル系の講演会を聞きに行くのは初めてのことで、クリスタルボウルも初めて聞きました。チャクラに響くというか、振動が直に伝わってとても気持ちがよく、ジーンというか、ゴーンというか、身体中が震える感じがしました。
倍音が出てるのかな、二つの音が一緒に合わさるとまた違った味わいが出て、体の中の骨とか水に響いて体が内部から震える感じといいますか、気持ち良いマッサージのようですね。これはクセになりそうです。ちょっとしか聞けなかったので、もう一度聞いてみたいなとも感じました。バイオリンも美しかったです^^
で、素晴らしい演奏が終わった後、中山康直さんの臨死体験のお話がはじまりました。
中山さんの臨死体験は、いろんな方が記事にしておられますので読んだことがあったのですが、それでも引き込まれました。
中山さんが臨死体験をしたのは13歳の時です。友達と池で泳いで遊んでいると、池の真ん中で溺れてしまったそうです。
もがけばもがくほど、どんどん苦しくなっていって、苦しくて仕方がない、もう死ぬしかない、諦めようと思った時に、ふっと苦しくなくなったそうです。
そして、どんどん気持ちよくなり、それから視点が、溺れている自分の肉体を、上から見ているもうひとりの自分にシフトしたそうです。すると、自分の肉体と、意識体の自分を結ぶ光り輝くシルバーのコードがはっきりと見えました。
中山さんは、このコードがつながったまま、地球の歴史の中で自分が関係しているシーンを走馬灯のように見たそうです。
この部分の話は初めて聞きました。
「本当の歴史上のことか分からないですよ。」と言われていまして、話半分で聞いてくださいねっていうニュアンスを受けましたが、例えば戦国時代のビジョン、本能寺の変のビジョンの中で、織田信長は明智光秀ではなく、イスパニアの軍隊に取り囲まれていたのを見られたそうです。
(とても興味深くて、覚書で書かせていただきました。)
イスパニア(スペイン)といえば、キリスト教の宣教師を派遣したイエズス会との関係がすぐに頭に浮かびますね^^
キリシタンの宣教は、西欧諸国の植民地政策と結びついていて、初めに宣教師を送ってその国をキリスト強化し、次に軍隊を送って征服、植民地にするという政策をとっていました。
信長は、境商人やバテレンの支援者によって支えられていたそうですが、明智光秀の娘は「ガラシャ」という名前で洗礼を受けていましたので、こちらもイエズス会との関係がありそうです。
「キリシタン大名を操っていたカトリックこそが、本能寺の変の黒幕ではないか」と考えた立花京子さんの「『信長と十字架』<天下布武>の真実を追う」の抜粋も興味深かったです↓
http://otisdury.blog.fc2.com/blog-entry-24.html#end
簡単に省略しますと、イスパニアにとって最も欲しかったのは中国だったけれども、当時の明をいきなり植民地化するのは難しく、まず日本にキリスト教国家を誕生させようと考え、信長を使ったというのです。
信長はイエズス会のために天下統一することを約束し、他を圧倒する戦費と武力が得られました。ところが、信長は途中から暴走し、イエズス会にとっては困った存在となっていったので、明智光秀に信長を倒させました。
しかも、イエズス会の陰謀はさらに上を行っていて、秀吉による光秀殺害も仕組んでいたというのです。
「主殺し」の悪人である光秀をトップに据えるのではなく、「主の敵を討った忠義者」をトップに据える方が、その後の統治がうまくいくと黒幕(イエズス会)は考えたのだろうと。
毛利氏や信長のブレーンの武将たちが、本能寺の変の後、すぐに秀吉に仕えたのも、金と武器を調達してくれるイエズス会の言いなりになっただけではないか、という説のようです。
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織田信長を倒した黒幕はイエズス会だったという説、明智光秀だったという説、その他にも、織田信長を倒した黒幕は秀吉だとか、家康だとか、朝廷だとか、いろんな説があります。本能寺の変の真相が気になりますね^^
ところで、学校で習った時には、秀吉がキリシタンの弾圧をした理由が、いまいちわからなかったのですが、数年前に宣教師たちが日本女性を奴隷として売り渡した(火薬一樽で50人の娘が売られていった)ことを知った時に、ようやくキリシタン弾圧の理由を理解することができました。
ザビエル渡来の三年後、アルメイダが長崎に来てイエズス会の神父になりました。
アルメイダは奴隷売買を仲介しました。少し引用させていただきます。
http://blog.goo.ne.jp/2005tora/e/5a197e856586baf726f6a0e68942b400より
(鬼塚英昭著「天皇のロザリオ」P249~257からの引用です。)
「徳富蘇峰の『近世日本国民史』の初版に、秀吉の朝鮮出兵従軍記者の見聞録がのっている。
『キリシタン大名、小名、豪族たちが、火薬がほしいぱかりに女たちを南蛮船に運び、獣のごとく縛って船内に押し込むゆえに、女たちが泣き叫ぴ、わめくさま地獄のごとし』。
ザヴィエルは日本をヨーロッパの帝国主義に売り渡す役割を演じ、ユダヤ人でマラーノ(改宗ユダヤ人)のアルメイダは、日本に火薬を売り込み、交換に日本女性を奴隷船に連れこんで海外で売りさばいたボスの中のボスであつた。
キリシタン大名の大友、大村、有馬の甥たちが、天正少年使節団として、ローマ法王のもとにいったが、その報告書を見ると、キリシタン大名の悪行が世界に及んでいることが証明されよう。
『行く先々で日本女性がどこまでいっても沢山目につく。ヨーロッパ各地で50万という。肌白くみめよき日本の娘たちが秘所まるだしにつながれ、もてあそばれ、奴隷らの国にまで転売されていくのを正視できない。
鉄の伽をはめられ、同国人をかかる遠い地に売り払う徒への憤りも、もともとなれど、白人文明でありながら、何故同じ人間を奴隷にいたす。ポルトガル人の教会や師父が硝石(火薬の原料)と交換し、インドやアフリカまで売っている』と。
日本のカトリック教徒たち(プロテスタントもふくめて)は、キリシタン殉教者の悲劇を語り継ぐ。しかし、かの少年使節団の書いた(50万人の悲劇)を、火薬一樽で50人の娘が売られていった悲劇をどうして語り継ごうとしないのか。キリシタン大名たちに神杜・仏閣を焼かれた悲劇の歴史を無視し続けるのか。
数千万人の黒人奴隷がアメリカ大陸に運ばれ、数百万人の原住民が殺され、数十万人の日本娘が世界中に売られた事実を、今こそ、日本のキリスト教徒たちは考え、語り継がれよ。その勇気があれぱの話だが」。(引用ここまで)
この事実を学校の教科書に載せたら、きっと子供たちもキリシタン弾圧の理由を理解できると思うのですけれども。
話がそれてしまいました。
それから中山さんは、神々しい光の中に吸い込まれました。この光は、ぎらぎらと輝くような光ではなく、温かく包み込むような、そんな光だったそうです。
そして、中山さんは光の中に吸い込まれたと思ったのに、その光の中は真っ暗だったのです。
中山さんは、この真っ暗闇の中で、光と闇は別々のものではない、光がなければ闇もなく、闇がなければ光もない、ということを体験して理解したそうです。
その真っ暗な空間の中で、一点の光を見つけ、意識したとたんに、その一点の光がだんだん大きくなっていき、その光の中に入っていきました。
そして光から出たら、プレアデスの「アルシオネ」という星で生まれていたそうです。
アルシオネは、太陽製造工場のような場所だったといわれていました。
アルシオネでは、カンパラという麻(大麻そっくりの植物)を栽培し、麻から抽出したエキスを、放射能に汚染された星に送る貿易のような仕事をしていたそうです。UFOを榊のようなもので誘導する仕事もしていたそうです。
中山さんは、このアルシオネで一万年の人生をまっとうし、死を迎えました。
アルシオネでは、死ぬ=卒業という感覚で、祝福されながら死んでいくのだそうです。
やり遂げないと死ぬことができない、と言われていました。
そして死後、その後どこに転生するか決める部屋にいて、迷わず地球を選びました。
すると次の瞬間には意識を失い、気が付くと、池で溺れた中学生の自分に戻っていたそうです。死んだと思っていたのに、奇跡的に一命をとりとめており、しかも溺れた時から15分しか経っていなかったのです。
友達も近くにいなくて、気づいたら池のほとりに倒れていたそうですが、どうやって池から出たのか、この間まで不思議だったそうです。
謎がとけたのが、十和田湖に行った時だったそうです。龍神と関係があると覚えているのですが、うろ覚えなので、ちょっと違うかも・・
プレアデスのアルシオネでの一万年は、地球時間の15分だったのですね(ノ゚ο゚)ノ
それから中山さんは、大人になってお金を貯め、世界各国での暮らしを体験しましたが、ヒマラヤでヘンプをはじめて目にした時、衝撃が走ったそうです。
臨死体験で覚えていたカンバラの形状やエネルギーとへンプの形状やエネルギーが、まったく同じだったからです。
中山さんはこれを貴重なメッセージだと受け止めてヘンプについて調べはじめ、ヘンプは日本文化の根幹にかかわっていることを知ったのだそうです。
そして今、ヘンプから取り出した油でヘンプカーを走らせたりと、ヘンプの普及活動に尽力されています。
中山さんのホームページはこちら↓
http://www.yaei-sakura.net/lecturer/
フォードが、ヘンプカーを開発していた話もされていました。
ヘンプで車まで作れるとは驚きです^^
ヘンプカーの記事が興味深かったので載せておきます。
http://ameblo.jp/wake-up-japan/entry-11795639898.htmlより

(写真:alphamedicinc.comより)
ヘンリー・フォード氏は、彼の作であるモデルT(Model-T)という自動車の研究・建設に10年以上を費やしました。
このモデルT車は、車体が麻(hemp)から作られたばかりではなく、麻から作られたバイオ燃料で走行するようにデザインされたものだったのです。
この彼のアイディアは一体、どうなってしまったのでしょうか。
テクノロジーの専門誌「Popular Mechanics」:
「ヘンリー・フォードのモデルTはヘンプ・ガソリンで走るように設計され、また、車体そのものも麻で作られていました!」
自身の所有する広大な私有地の中の麻畑と共に、フォード氏が写された写真があります。「畑から育った」というこの車、麻で作られたプラスティックのパネルで作られたもので、その衝撃強度は製鉄の10倍の強さを誇ります。
メジャーな自動車製造会社の創設者の一人が、世界に向けて、安全で強固、そして環境も汚さない乗り物を提供しようとしていたにもかかわらず、その発明でさえ抑圧されてしまったと聞くと、何か残念な気持ちになります。
このような明らかで知的な発見から、ガソリンや製鉄、その他の地球と調和しない素材を使った自動車産業に向かった理由は、いったい何でしょうか。
それを考える際には、自動車として使用中の素材による汚染という要因だけでなく、それらの生の素材を製造し制作する際の汚染についても考える必要があります。
麻で作る自動車は、今日存在する環境基準のあらゆる項目に適合します。実際のところ、現在の基準を吹き飛ばすような(優れた)ものです。
1937年にアメリカで麻が違法になりました。それを主な原因として、この技術は抑圧されてしまったのです。
麻は当時に巨大な勢力を誇っていた産業の多くに、損害を与える影響を持っている潜在力を持っていたからです。(引用終わり)
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ヘンプでできた車、夢がありますね^^
さらに中山さんは、ヘンプの効能についても語られていました。
石油とは違って一年で燃料がとれるので、環境に優しく、地方で育てられるので、地方の活性化につながるという話も興味深かったです。
ところで、中山さんはアルシオネで、麻から抽出したエキスを、放射能に汚染された星に送る貿易のような仕事をしていたそうですが、放射能除去にはヘンプなんですかね!?
ちなみに中山さんは、浜岡原発から1.3キロ(って言われていた気がします)のところで育ち、浜岡原発で黄色い防護服を着て働き、一年間外国に行くための費用を貯めたそうです。
原発で働くときに着る服は、赤と黄色と青があって、赤が一番線量が高いところで働く人が着るのだそうです。赤を着て働いていた知り合いが亡くなって、って話もされておられました。
それから、とても興味深かったのが、
「光と闇は別々のものではない、光がなければ闇もなく、闇がなければ光もない、ということを体験として理解した」
と言われた部分です。
創世記では、
「初めに神が天と地を創造した。地は形がなく、何もなかった。
やみが大いなる水の上にあり、神の霊は水の上を動いていた。
そのとき、神が「光よ。あれ。」と仰せられた。すると光ができた。
神はその光をよしとみられた。そして神は、この光と闇とを区別された。
神はこの光を昼と名付け、このやみを、夜と名付けられた。こうして夕があり、朝があった」
と書かれています。
また、ヴェーダでは、
「至高者(プルシャ、純粋意識)ナーラーヤナは、万物を創造しようと意志した。
ナーラーヤナ神から生命原理が出現し、心とすべての感覚もまた出現した。
空、風、光、水、地が出現し、それらのものが万物を維持した。
ナーラーヤナ神からブラフマー神が生まれた。ナーラーヤナ神からルドラ神が生まれた」
と書かれています。
天地創造の前には、光も闇もなく、至高者の意識のみがあって、至高者が創造しようと意志したことによって、光も闇も、この世も生まれたのでしょうね。
ということは、中山さんは、この、至高者の視点からの体験をされたことになるのかなあ、なんて考えてました。
それで、その後の、
「その真っ暗な空間の中で、一点の光を見つけ、意識したとたんに、その一点の光がだんだん大きくなっていき、その光の中に入っていきました。」ってとこも興味深くてですね、
これって、天国と地獄みたいって感じたのでした。
中山さんは、光が大きくなって、光の中に入っていったそうですが、人によっては、だんだん黒い部分が大きくなる人もいたりするのかなあなんて、考えてました。
ありがとうござました♡

