2021-09-09 21:44:26
旧約聖書に出てくる神について、気になった点を、引き続き、書き記しておきます^^
旧約聖書に出てくる神は、人間と何回か契約を結んでいます。
神とノアが結んだ契約は、
「他の生き物は、ノア達に恐れおののきながら支配されるという契約」でしたが・・
次に神は、アブラハムと契約を結びました。
(アブラムとアブラハムは同じ人)
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「アブラムの九十九歳の時、主はアブラムに現れて言われた。
「わたしは全能の神である。あなたはわたしの前に歩み、全き者であれ。
わたしはあなたと契約を結び、大いにあなたの子孫を増すであろう」。
アブラムは、ひれ伏した。
神はまた彼に言われた。
「わたしはあなたと契約を結ぶ。
あなたは多くの国民の父となるであろう。
あなたの名は、もはやアブラムとは言われず、
あなたの名はアブラハムと呼ばれるであろう。
わたしはあなたを多くの国民の父とするからである。
わたしはあなたに多くの子孫を得させ、
国々の民をあなたから起そう。
また、王たちもあなたから出るであろう。
わたしは、あなた及び後の代々の子孫と契約を立てて、
永遠の契約とし、あなたと後の子孫との神となるであろう。
わたしはあなたと後の子孫とにあなたの宿っているこの地、
すなわちカナンの全地を、永久の所有として与える。
そしてわたしは彼らの神となるであろう」。
神はまたアブラハムに言われた、
「あなたと後の子孫とは、共に代々、わたしの契約を守らなければならない。
あなたがたのうち 男子はみな割礼をうけなければならない。
これはわたしとあなたがた及び後の子孫との間のわたしの契約であって、
あなたがたの守るべきものである。
あなたがたは前の皮に割礼を受けなければならない。
それがわたしとあなたがたとの間の契約のしるしとなるであろう。
あなたがたのうちの男子はみな代々、家に生れた者も、また異邦人から銀で買い取った、あなたの子孫でない者も、生れて八日目に割礼を受けなければならない。
あなたの家に生れた者も、あなたが銀で買い取った者も必ず割礼を受けなければならない。
こうしてわたしの契約はあなたがたの身にあって永遠の契約となるであろう。
割礼を受けない男子、すなわち前の皮を切らない者はわたしの契約を破るゆえ、
その人は民のうちから断たれるであろう」。
神はまたアブラハムに言われた、
「あなたの妻サライは、もはや名をサライといわず、名をサラと言いなさい。
わたしは彼女を祝福し、また彼女によって、あなたにひとりの男の子を授けよう。わたしは彼女を祝福し、彼女を国々の民の母としよう。彼女から、もろもろの民の王たちが出るであろう」。
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神がアブラハムと結んだ契約は、
「人間は割礼することを守らなければならない。
アブラハムの子孫から王になるものが出て、
子孫繁栄する」
という契約でした。
人間と契約を結び、人間をしばる神・・
支配が好きな存在に感じませんか?
割礼とは、
「男性もしくは女性の一部を切開あるいは切除(場合によっては性器口を封鎖)する外科的施術」
だそうです。
改宗する時にも割礼を受ける必要があるとのこと。
キリシタン大名も割礼を受けたのでしょうか。
実は、割礼には大きな弊害があるようです。
女性にも割礼があるのですね・・
怖すぎる・・
男性の割礼にもかなり問題があります。
こんな残酷な制度を、契約の印とする神・・。。ΣΣヽ(・Д´・゚+。)
次に、アブラハムに子供イサクが生まれます。
神は、アブラハムに、子供を捧げるように言いました。
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これらの事の後、神はアブラハムを試みて彼に言われた、
「アブラハムよ」。
彼は言った、「ここにおります」。
神は言われた、
「あなたの子、あなたの愛するひとり子イサクを連れてモリヤの地に行き、
わたしが示す山で、彼を燔祭としてささげなさい」。
アブラハムは朝はやく起きて、ろばにくらを置き、
ふたりの若者と、その子イサクとを連れ、また燔祭のたきぎを割り、
立って神が示された所に出かけた。
三日目に、アブラハムは目をあげて、はるかにその場所を見た。
そこでアブラハムは若者たちに言った、
「あなたがたは、ろばと一緒にここにいなさい。
わたしとわらべは向こうへ行って礼拝し、そののち、あなたがたの所に帰ってきます」。
アブラハムは燔祭のたきぎを取って、その子イサクに負わせ、
手に火と刃物とを執って、ふたり一緒に行った。
やがてイサクは父アブラハムに言った、
「父よ」。彼は答えた、「子よ、わたしはここにいます」。
イサクは言った、「火とたきぎとはありますが、燔祭の小羊はどこにありますか」。
アブラハムは言った、「子よ、神みずから燔祭の小羊を備えてくださるであろう」。
こうしてふたりは一緒に行った。
彼らが神の示された場所にきたとき、アブラハムはそこに祭壇を築き、たきぎを並べ、
その子イサクを縛って祭壇のたきぎの上に載せた。
そしてアブラハムが手を差し伸べ、刃物を執ってその子を殺そうとした時、
主の使が天から彼を呼んで言った、
「アブラハムよ、アブラハムよ」。
彼は答えた、「はい、ここにおります」。
み使が言った、「わらべを手にかけてはならない。また何も彼にしてはならない。あなたの子、あなたのひとり子をさえ、わたしのために惜しまないので、あなたが神を恐れる者であることをわたしは今知った」。
この時アブラハムが目をあげて見ると、うしろに、角をやぶに掛けている一頭の雄羊がいた。アブラハムは行ってその雄羊を捕え、それをその子のかわりに燔祭としてささげた。
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子供を捧げるほどに、アブラハムは神を恐れていることが伝わって、子供は無事に救われましたが、
子供のかわりに、羊が生贄になっています。
旧約聖書の神は、ずっと、動物を捧げられて喜んでいます・・
アブラハムが神を恐れるのは、理解できる気がします。
アブラハムは、神に「子孫から王が出る」と言われて嬉しかったのでしょうか。
神から逃れられない恐怖も、感じていたのでしょうか。
自分がもしアブラハムだったら、恐怖を感じていると思いますね・・
旧約聖書の神を礼拝する家族に生まれた方々は
生まれた時から、割礼で体を傷つけられ、恐怖を感じ・・
喜びからではなく、恐れから、神を信じてこられたのかもしれません。
悲しいというか、かわいそうといいますか・・
なんと表現したらいいか分かりません。
主人は「宗教は人を幸せにしないから嫌い」と言っていたのですが、
もしかすると、主人は前世どこかで、宗教関係で怖い目にあっているのかもしれないと、ふと感じました。
サイババは、神に捧げる花には8種類があり、最初の花は非暴力だと言われています。
「最初の美徳の花は、「アヒムサー」(非暴力)です。
一般的には、アヒムサーとは、いかなる生き物をも肉体的に傷つけないことであると理解されています。
これは本当の意味ではありません。
アヒムサーの本当の意味は、想いと言葉と行動のすべてにおいて、いかなるものをも傷つけないということです。
人間の想いと言葉と行動を浄化することは、霊的な言葉では、「トリプティ」と呼ばれています。
私たちは、想いと言葉と行動を調和させ、それを花として神に捧げなければなりません。」
(サティア・サイババ)
サットヴァ(清浄)な性質を持つ神と、
ラジャス(激性)な性質を持つ神(神と言っていいのかどうかわかりませんが)の違いが読み取れる部分です。
ありがとうございました♡

