旧約聖書の「神」と新約聖書の「神」が違う気がする件について

聖書

2021-09-09 06:22:21

旧約聖書の神は、「本当は神ではない存在(アトランティス人?もしくは異星人?)ではないか」とこの前書きました。

旧約聖書に出てくる「神」と、
イエスキリストの仰る「神」は違う存在の気がしていまして、

初めて旧約聖書をきちんと読んでみました。

新約聖書は何度も読んだことがあるのですが、
旧約聖書はなぜか読みたいという気が起こらず、
あらすじしか知らなかったのです。

それを読んでいますと、旧約聖書の神とイエスキリストの神の違いが
はっきりと分かってきましたので、
書き記しておこうと思います。

旧約聖書は、ユダヤ教徒にとっては唯一の聖書です。

「創世記」に書いてあるのが、天地創造、アダムとイブ、カインとアベル、ノアの箱舟、バベルの塔、アブラハム、イサク、ヤコブ3代の部族長、ヤコブの末子ヨセフ、ソドムとゴモラの滅亡などの物語。

その後、モーセを中心に据えた「出エジプト記」があり、
法律や倫理、禁忌、祭祀などに関する規定が記された「レビ記」「民数記」「申命記」と続きます。

「創世記」「出エジプト記」「レビ記」「民数記」「申命記」は「律法(トーラー)」と呼ばれ、モーセが神から伝えられたものを書き記したものだと伝えられていることから、「モーセ五書」または「モーセの律法」ともいいます。

神と人間との古い契約が旧約聖書で、
新しい契約が新約聖書とのこと。

どういう契約をしていたか気になりますね^^

旧約聖書は創世記から始まります。

創世記は、天地創造の描写があります。

その後、有名な善悪の木の実を食べるシーンが出てきます。

モーセ『旧約聖書:創世記』 | LIBRAL

さて主なる神が造られた野の生き物のうちで、へびが最も狡猾であった。へびは女に言った、「園にあるどの木からも取って食べるなと、ほんとうに神が言われたのですか」。

女はへびに言った、「わたしたちは園の木の実を食べることは許されていますが、

ただ園の中央にある木の実については、これを取って食べるな、これに触れるな、死んではいけないからと、神は言われました」。

へびは女に言った、「あなたがたは決して死ぬことはないでしょう。
それを食べると、あなたがたの目が開け、神のように善悪を知る者となることを、神は知っておられるのです」。

女がその木を見ると、それは食べるに良く、目には美しく、賢くなるには好ましいと思われたから、その実を取って食べ、また共にいた夫にも与えたので、彼も食べた。

すると、ふたりの目が開け、自分たちの裸であることがわかったので、いちじくの葉をつづり合わせて、腰に巻いた。

彼らは、日の涼しい風の吹くころ、園の中に主なる神の歩まれる音を聞いた。そこで、人とその妻とは主なる神の顔を避けて、園の木の間に身を隠した。

主なる神は人に呼びかけて言われた、「あなたはどこにいるのか」。

彼は答えた、「園の中であなたの歩まれる音を聞き、わたしは裸だったので、恐れて身を隠したのです」。

神は言われた、「あなたが裸であるのを、だれが知らせたのか。食べるなと、命じておいた木から、あなたは取って食べたのか」。

人は答えた、「わたしと一緒にしてくださったあの女が、木から取ってくれたので、わたしは食べたのです」。

そこで主なる神は女に言われた、「あなたは、なんということをしたのです」。
女は答えた、「へびがわたしをだましたのです。それでわたしは食べました」。

主なる神はへびに言われた、「おまえは、この事を、したので、すべての家畜、野のすべての獣のうち、最ものろわれる。おまえは腹で、這いあるき、一生、ちりを食べるであろう。

わたしは恨みをおく、おまえと女とのあいだに、おまえのすえと女のすえとの間に。彼はおまえのかしらを砕き、おまえは彼のかかとを砕くであろう」。

つぎに女に言われた、「わたしはあなたの産みの苦しみを大いに増す。あなたは苦しんで子を産む。それでもなお、あなたは夫を慕い、彼はあなたを治めるであろう」。

更に人に言われた、「あなたが妻の言葉を聞いて、食べるなと、わたしが命じた木から取って食べたので、地はあなたのためにのろわれ、あなたは一生、苦しんで地から食物を取る。

地はあなたのために、いばらとあざみとを生じ、あなたは野の草を食べるであろう。

あなたは顔に汗してパンを食べ、ついに土に帰る、あなたは土から取られたのだから。あなたは、ちりだから、ちりに帰る」。

さて、人はその妻の名をエバと名づけた。彼女がすべて生きた者の母だからである。

主なる神は人とその妻とのために皮の着物を造って、彼らに着せられた。

主なる神は言われた、「見よ、人はわれわれのひとりのようになり、善悪を知るものとなった。彼は手を伸べ、命の木からも取って食べ、永久に生きるかも知れない」。

そこで主なる神は彼をエデンの園から追い出して、人が造られたその土を耕させられた。

神は人を追い出し、エデンの園の東に、ケルビムと、回る炎のつるぎとを置いて、命の木の道を守らせられた。

・・・神が本当にこういうことを言われるかはわかりませんが、
私自身の考えとしましては、アダムとイブが食べた「善悪の実」というのは
本当は、善悪の実ではないのではないかと思っていまして・・

人間をコントロールする時に、
「善悪を考えるな、私のいうことを聞け」と言うとコントロールしやすいですよね。

マインドコントロールの手法と同じ匂いを感じます。

サイババの御講和にも、善悪という言葉が登場しますので、
善悪を知るというのは別に悪いことではないように感じます。

人は何回も生まれ変わって、善い行いをし、徳を積むことで
導いてくれるグル(先生)に出会うことができ、先生の教えに従うことで解脱に至る
と言われています。

善悪の実ではなく、聖なる愛から離れたこと?無知(自分を個別的存在として認識すること)
自我意識?によって、人間は自ら天国から出ていったような気がするので、
神によって追放されてしまったわけではないのではないでしょうか。

(もちろん、善悪を超えた神の愛もありますので、
これは、旧約聖書の「善悪の実」についての解釈です。

騙す宗教の「偽神」は、神に似せて騙してきますので、
ギリギリの真理をついてきます)

「あなたは ちりだから ちりに帰る」という言葉も、雑ですよね。

サイババの

「あなた方はみな、神の化身なのだ。
わたしと同じように、人間の血肉をまとった神なのだ。
ただそれに「気づいていない」だけのことだ。」

という言葉の方がしっくりきます。

次に、カインとアベルという兄弟が出てきます。

カインとアベルが神に供え物をすると、神は、アベルの供え物だけを取り、
カインの供え物は顧みませんでした。
カインは怒って、弟アベルを殺してしまいます。

神はカインに向かって言います。

今あなたはのろわれてこの土地を離れなければなりません。この土地が口をあけて、あなたの手から弟の血を受けたからです。

あなたが土地を耕しても、土地は、もはやあなたのために実を結びません。あなたは地上の放浪者となるでしょう」。

カインは主に言った、「わたしの罰は重くて負いきれません。

あなたは、きょう、わたしを地のおもてから追放されました。わたしはあなたを離れて、地上の放浪者とならねばなりません。わたしを見付ける人はだれでもわたしを殺すでしょう」。

主はカインに言われた、「いや、そうではない。だれでもカインを殺す者は七倍の復讐を受けるでしょう」。そして主はカインを見付ける者が、だれも彼を打ち殺すことのないように、彼に一つのしるしをつけられた。

なぜか、
弟アベルを殺したカインを神は守り、
カインを殺したものは7倍の復讐を受けることになっています。。

そもそも、神がアベルをひいき?したから、
カインが弟を殺すことになったのですよね。

旧約聖書の神は、「弟を殺したとしても、その人を守る」神のようです。

守るだけではなく、7倍も復讐するという・・

争いが好きな神なのでしょうか。

旧約聖書を読んでいると、
「神を信じさえすれば、何をしても許されるし守られる」という考え方になっていくのも納得できます。

次に、人間がどんどん地に増えていった様子が書かれています。


人が地のおもてにふえ始めて、娘たちが彼らに生れた時、

神の子たちは人の娘たちの美しいのを見て、自分の好む者を妻にめとった。
 

そして、有名なノアの箱舟のシーンです。

この頃には、暴虐が地に満ちていたと書かれています。

そこで神が彼らを滅ぼし、ノア達だけを救おうと言い、
箱舟の作り方を教えました。

洪水が起き、44日雨が降り続き、150日水が地面にあったと書かれています。

気になるのがこのシーンです。

ノアは主に祭壇を築いて、すべての清い獣と、すべての清い鳥とのうちから取って、燔祭を祭壇の上にささげた。

主はその香ばしいかおりをかいで、心に言われた、
「わたしはもはや二度と人のゆえに地をのろわない。人が心に思い図ることは、幼い時から悪いからである。わたしは、このたびしたように、もう二度と、すべての生きたものを滅ぼさない。

旧約聖書の神は、祭壇に捧げられた、獣と鳥のにおいを香ばしいと言われています。。


神はノアとその子らとを祝福して彼らに言われた、「生めよ、ふえよ、地に満ちよ。

地のすべての獣、空のすべての鳥、地に這うすべてのもの、海のすべての魚は恐れおののいて、あなたがたの支配に服し、

すべて生きて動くものはあなたがたの食物となるであろう。さきに青草をあなたがたに与えたように、わたしはこれらのものを皆あなたがたに与える。

しかし肉を、その命である血のままで、食べてはならない。

あなたがたの命の血を流すものには、わたしは必ず報復するであろう。いかなる獣にも報復する。兄弟である人にも、わたしは人の命のために、報復するであろう。

・・他の生物は恐れおののいて、ノア達に支配されると書かれています・・

恐れおののくものを支配するノア達・・

とても美しい存在には感じられません。

しかも、神は、ノアの子供たちの血を流すものに報復すると。。

そして、神と人間の契約が描かれます。

わたしはあなたがた及びあなたがたの後の子孫と契約を立てる。
9:10
またあなたがたと共にいるすべての生き物、あなたがたと共にいる鳥、家畜、地のすべての獣、すなわち、すべて箱舟から出たものは、地のすべての獣にいたるまで、わたしはそれと契約を立てよう。
9:11
わたしがあなたがたと立てるこの契約により、すべて肉なる者は、もはや洪水によって滅ぼされることはなく、また地を滅ぼす洪水は、再び起らないであろう」。
9:12
さらに神は言われた、「これはわたしと、あなたがた及びあなたがたと共にいるすべての生き物との間に代々かぎりなく、わたしが立てる契約のしるしである。
9:13
すなわち、わたしは雲の中に、にじを置く。これがわたしと地との間の契約のしるしとなる。
9:14
わたしが雲を地の上に起すとき、にじは雲の中に現れる。
9:15
こうして、わたしは、わたしとあなたがた、及びすべて肉なるあらゆる生き物との間に立てた契約を思いおこすゆえ、水はふたたび、すべて肉なる者を滅ぼす洪水とはならない。
9:16
にじが雲の中に現れるとき、わたしはこれを見て、神が地上にあるすべて肉なるあらゆる生き物との間に立てた永遠の契約を思いおこすであろう」。
9:17
そして神はノアに言われた、「これがわたしと地にあるすべて肉なるものとの間に、わたしが立てた契約のしるしである」。
9:18

つまり、旧約聖書の神は、「契約の神」であり、
神と契約したものは、洪水によって滅ぼされることはないとのことです。

その後、どんどん子孫が増えたことが描かれています。

また、バベルの塔によって人類がばらばらになったことが記されます。

そして、神はアブラハムに言います。

時に主はアブラムに言われた、「あなたは国を出て、親族に別れ、父の家を離れ、わたしが示す地に行きなさい。
12:2
わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大きくしよう。あなたは祝福の基となるであろう。
12:3
あなたを祝福する者をわたしは祝福し、あなたをのろう者をわたしはのろう。地のすべてのやからは、あなたによって祝福される」。

どうしても、旧約聖書の神は、好戦的で支配する存在に感じられてしまいます。

キリスト教徒には、旧約聖書と新約聖書がありますが、

新約聖書には、

「心を尽くし、思いを尽くし、知性を尽くし、
力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ」

「わたしに向かって主よ、主よ、と言う者がみな天国の御国にはいるのではなく、
天におられるわたしの父のみこころを行う者が入るのです」

というイエスの言葉が書かれています。

もし、心を尽くし、思いを尽くし、知性を尽くして旧約聖書の神を満足させようとしたら・・

祭壇に動物や生贄を捧げ、互いに争いあうことになりますね・・。

イエスの言われる神は、

天の父は、悪い人にも良い人にも太陽を上らせ、
正しい人にも正しくない人にも雨を降らせてくれる(マタイ6.45)」とのことで、

誰か特定の人を祝福するものを祝福し、呪うものを呪う神とは書かれていません。

すべての人を祝福し、許してくださる神として描かれています。

やはり、旧約聖書の神と、新約聖書の神は、真逆の存在に感じてしまいます。

ありがとうございました♡

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