2015-03-24 12:16:55
再び、ヴィシュワナンダ聖者のサットサンガのお言葉を思い出して書いてみます。
そういえば、ヴィシュワナンダ聖者のところで演奏されていた帰依者の方の中に、3年半!食べずに生きている男性がいらっしゃいました。若い方のように見えました。
その話が出た途端、みなさんの質問がその男性に集中して、
「水は飲むんですか?」とか「う●ちは出るんですか?」などと聞かれていました。
彼は、「水は飲みます」「う●ちは出ます」などと答えられていました。
この方は、グル(霊的指導者)に会えるように祈っていたのだそうです。その過程で、食べずに生きるようになったと話されていました。
(また、普通は何も食べないけれど、グル(ヴィシュワナンダ聖者)からのプラサードは食べると言われていた気がします)
「食べたいという気持ちはないのですか?」という問いには、「グルに対する飢えがあります」と答えられてました。
・・・そういえば、バーガヴァタ・プラーナには、聖者にこそ執着すべきことが書かれていました。
「聖者は、自分を抑制し、慈悲深く、冷静な心を持っており、全ての生き物に友好的です。こうした聖者は、全ての執着から解放されているのです。
あなたは、そのような聖者にこそ執着すべきなのです。なぜなら彼ら聖者は、執着による邪悪な影響を消してくれるからです。」(バーガヴァタ・プラーナより)
また、「グルを求める気持ちを深めるには、どうしたらいいですか?」という問いに対しては、
「グルの祝福を受けることです」とヴィシュワナンダ聖者は答えられました。
「グルの祝福を得るためには、どうすればいいでしょうか?」という問いに対しては、
「グルに頼めばいい。ちょうだい、ちょうだい、と頼むことです」
ヴィシュワナンダ聖者は、笑顔で答えられました。
そういえば、サイババも、神の恩寵が重要だと言われていましたね。
「個人の努力は、成就に至る半分でしかない。後の半分は、神の恩寵にある。
自助努力と神の恩寵の療法により、人は満たされ、二元性の暗い海を渡ることができる。そして、内在する超越者に出会うことができる。」
「私は、神の恩寵を与える。しかし諸君は、人間として努力しなければならない。
神の恩寵と人の努力が一緒になって初めて、成就は得られるのだ。」(サティア・サイババ)
サイババは、欲しいものは、いつも神に願っていなければならないとも言われていました。
「君たちはいつも、必要なものは神に願っていなければならない。
それは人間の権利だ。物乞いでは決してない。」(サティア・サイババ)
最初、物質的でこの世的な物を求めて願っていた人も、徐々に精神的なものを求めるようになるそうです。
神の恩寵も、ちょうだい、ちょうだい、と祈っていたら、完全なタイミングで与えられるのかもしれません。
それから、「何がハートからのもので、何が思考からのものか、その見分け方を教えてください」という問いに対しては、
「一番最初にやってくるものが直観で、その後は、思考、恐れ、などです。
直観を聞くことを勉強しないといけません。直観に従いましょう。
最初に来たものが、直観、ハートからのものです。
恐れにしがみつかないでください。誰かに会おうと思ったら会うことです。」
と言われていました。
また、「石やスピリチュアルグッズ、電波防止グッズなどは良いものですか?」という問いに対して。
「良いものならいいものです。傷つけるものでなければ。
人それぞれ合う合わないがあるので、絶対的に良い、悪い、とは言い切れません。
自分にとって良いものであれば、それは良いものです。
でも、マントラが一番良いです」
と言われていました。
ありがとうございました♡

