アンマのダルシャンの記録とクリシュナ

政治

2018-05-30 17:50:07

アンマのダルシャンに行ってきました!

会場に着くと、

最初に瞑想がありまして、

アンマの指示で瞑想しました。

身体の細胞のひとつひとつは、全て大切な一部分で、

例えば耳の細胞の一つでも欠けたら、

身体はバランスを失ってしまいます。

すべての細胞が花開き、

黄金の光で満ちているイメージをしましょう

みたいな指示でした。

その後、

額の中心に、上向きの三角形をイメージしてください。

その中に、白い真珠をイメージしましょう。

真珠がキラキラと光を放っています。」

というような瞑想でした。

最後に、地球中に?白い花を降らせるイメージをして

ローカー サマスター スキノー バヴァントゥ

オーム シャンティ シャンティ シャンティ

(生きとし生けるものすべてが平安で幸福でありますように)」

という言葉で、瞑想が終わりました。

この頃、いろいろ気が散っていたので、

アンマの会場に行けて幸せでした。

アンマに抱擁を受ける時、

ポシュポシュみたいな感じの言葉を言われたような気がしますが、

背中をさすられるのも、アンマのポシュポシュも

くすぐったすぎて、

笑いをこらえるのに必死でした。+.。ヽ(*>∀<*)ノ。.+

アンマのダルシャンを見てて今年初めて気づいたのですが、

ボランティアスタッフさんは平等に、

アンマに近づく特典?が与えられているように感じました。

ダルシャンが終わったあと、

アンマの近くで少し瞑想などしていて良いのですが、

わたしはまわりが気になって

キョロキョロ見てまして^^;

そうしたら、わたしの隣の床に、

「アンマにプラサードを渡す役をする人の列です」

というような言葉が書かれたプラスチックの板が貼られていて、

数人の人が、プラサードを渡す順番待ちをしていました。

そして、その隣には、ストップウォッチを持った人の列があり、

ストップウォッチで、プラサードを渡す係の人の時間を計っていました。

その人達も、順番で変わるのです。

時間がきたら、肩をトントン叩いて、

順番を変わるのです。

どうも、アンマのダルシャンを近くで見るチャンスが、

順番にボランティアさんに与えられているようでした。

また、アンマのすぐ近くに椅子が置いてあり、

そこにも、順番にスタッフさんが座り、

アンマを見つめていました。

アンマが考えられたシステムなのでしょうか!?

どうもこの頃、気が散っていますね^^;

そんなことばかり見てました。

アンマの本を一冊買ってきました。

クリシュナ神のダルマの復興についての記事が心に残りました。

少し引用します。

ダルマとは、「創造を維持すること」を意味する言葉だそうです。

ダルマには、神聖なる法、存在の法、正しいこと、義務、責任、徳、正義、善、真理などの多くの意味があり、

すべての創造物の霊性向上と平安を導くものだそうです。

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質問:クリシュナ神は、アルジュナに、戦うように促したとき、暴力を認めたように思えるのですが、どう解釈すればいいのですか?

アンマ:クリシュナ神は、決して戦争を望んでいませんでした。

そのやり方は、忍耐そのものでした。

しかし、クリシュナ神の忍耐が、反対に、敵側をつけあがらせ、攻めこんで暴力でねじ伏せてしまおうという行為を誘発することがあります。

そうなると、忍耐が、さらに大きな暴力を呼び込む結果になるのです。

私達の忍耐が、相手をさらに自己中心にするのなら、忍耐することを諦めるのが一番です。

しかし、その場合でも、相手に対して復讐心を抱かないよう注意すべきです。

つまり、人を憎まず、その行為を憎むということです。

クリシュナ神は、なんの憎しみも抱いていませんでした。

ただ、卑劣なやり方をやめさせたかったのです。

それが、国民と国の平和のために必要だったからです。

その目的を実現するための別の方法がなかったので、

至高なる存在のクリシュナ神は、臣下に戦うことを認めました。

(中略)

不正義そのものである支配者の手に国が委ねられると、

世界の破滅を引き起こしかねません。

いかなる手段を使っても、可能な限り、

そのような悪の支配者を排除しなければなりません。

それが、社会への慈愛を示すことになります。

(中略)

マハトマ(偉大なる魂、聖者)は、だれも傷つけることを望まないし、

また、だれかに特別の愛着をもつこともありません。

偉大なる魂の唯一の願いは、

そのダルマが社会の中で保持されることです。

マハトマは、個人の幸せや悲しみよりも、社会の平和を重んじます

クリシュナ神は、邪悪な個人が破壊されれば、

ダルマが維持できることを知っていました。

そのために、アルジュナに戦うように言いました。

悪に対してなんの行為も関心も示すことなく、

ただなされるがままを立って見ていることは、

さらなる悪を作り出してしまいます。

(中略)

それが解脱への道だからといって、

すべてを捨てて出家するよう戦場の兵士たちに伝えることは正しいことでしょうか。

兵士は、国家の安全を守る責任があります。

兵士の義務を果たせなかったら、

自分たちにも国にも背いたことになります。

国の安全が危機状態にあるとき、

兵士の義務は、社会を離れて出家修行者になることではなく、

敵と戦うことにあります。

仮に、その兵士が、その時すべてを放棄して出家しても、

悟りに至ることはできません。

ダルマを放棄することは認められないからです。

偉大なる霊性の師は、人々がダルマに気づき、

正しい道に向かって生きるよう、導くために生まれてきます。

もし兵士が、その義務を遂行しなかったら、

国家は危機に瀕し、国民は苦難に遭遇します。

これを避けるために、

本当の教官が兵士に与える唯一のアドバイスは、

正当に義務を果たしなさいということです。

このことは、偉大なる師が、

殺人と暴力を勧めていることを意味しません。

そうではなくて、

その時期に適したダルマの道に従うように促しているだけなのです。

マハトマの言葉と行為を見極めようとするとき、

その背後にある状況を理解しなければなりません。

アルジュナの置かれていた状況は、今の話の兵士と同じです。

彼もまた、戦うくらいなら、すべてを放棄したいと願っていました。

その願いは、戦場で敵になっている親族への執着からのものでした。

しかし、その時のアルジュナのダルマは、

出家することではなく、戦争で戦うことにありました。

出家したいという願望は、

永遠なるものと無常なるものを見極めたいという動機からきたものではなく、

執着心からのものでした。

クリシュナ神はそれが分かっていたので、アルジュナに戦うよう勧めました。

人が愛着や恐怖、その他の理由から、自分自身のダルマを遂行しなかったら、

社会と国家全体に悪影響をもたらします。

マハトマたちはこのことが分かっていたので、

人々にその状況に適したダルマの道に従うように勧めたのです。

真の自己(アートマン)を知るものは、常に慈悲深いです。

社会が平和と調和をもって繁栄し、

不和と争いがない社会を願っています。

ダルマが普及すれば、実現できます。

これが、至高なるクリシュナ神が私達に示した見本です(引用終わり)

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これを読んで、日本の過去の戦争について考えてしまいました。

たしかに、日本は他国と戦争したかもしれませんが、

インドネシア、インド、ベトナム、シンガポールをはじめ、

東南アジア諸国の独立は、日本のおかげで達成できたことは事実です。

日本は、欧米国家の植民地支配を終わらせたのですよね。

つまり、古の時代に、日本に生きていた方々は、ダルマ(正義・大多数の方々の幸せにつながる行為)を行いました。

戦前の世界地図を見るとよくわかります。

(写真はこちらより)

こちらの方がわかりやすいかもしれません↓

写真はこちらより

こちらのブログには、

「当時の世界は欧米列強が殆どを植民地として支配している状況。

ヨーロッパ以外で独立国として保っているのは、

日本とタイ、オスマン帝国、エチオピアなどわずかです。

そして、このロシア帝国の強大な版図は恐ろしい。」

と書かれています。

地図を良く見ていただくとおわかりのように、

アジア諸国を侵略していたのは、欧米だったのですね・・。

独立国だったのは、

日本とタイと残りわずかということに驚きました。

(ロシア領土は広大ですが、ロシアの領土だったからこそ、植民地から守られたのかも!?)

この間あみさんに、自分がわくわくすることをやるように言われていまして、

自分にとってわくわくすることってなんだろうって考えたりしていたのですが、

わくわくすること=悪をあばき正義を確立すること

っていう人も多いような気がしました。

(記事を書かれている方とか、

独立したメディアをされている方など)

きっとそういう方々は、ダルマを遂行されているのでしょう。

悪行をあばき、より誠実な人々に力を与えることは、

国家全体にとって、善いことにつながっているような気がします。

クリシュナが行われていた戦争は、

欧米諸国が行っていたような、

お金を儲けるためや人を傷つけるためや、

他国を侵略するような戦争ではなく、

むしろ、「欧米の侵略をやめさせる」のような

すべての人にとっての大きな善、

大きな視点からの善、のような気がしました。

今は、戦争という手段や身体を傷つける方法をとらなくても、

人々の意識が高まっていますので、

悪事を働いたことを暴かれるだけで、

力が弱まっていく時代になっているように感じます。

戦争ではなく、ペンや言葉を使って、

正義のために、ダルマを遂行されている人々に 感謝を込めて。

サイババは

「日本人は最後に来て、最大の役割を担う国になる」

と言われていましたし、

ムラリー63さんが、

「日本はいつ目覚めるんだ!日本が目覚めない限り、世界は変わらないんだよ!」 

とインドへ行くたびに、側近の人や、知り合いの帰依者にハッパをかけられたりされていたそうですけど、

記事はこちら

日本は、より大きな善のために働くことのできる人々が

存在している国なのかもしれません。

ありがとうございました♡

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