上江洲先生のセミナー②~上江洲先生のプロフィール 神実現と輪廻転生 ヒーリング 

聖者

2017-04-19 17:24:16

続きです^^

ヒーリングが終わって、

照明を落とした部屋の中でしばし瞑想していましたら、

部屋が明るくなって、

丸く置いてあった椅子を前に向けなおすように指示があり、

ご光話がはじまりました。

上江洲先生は、たしか白いシャツを着ておられて、

その白いシャツが、ほんとうに真っ白でですね、

服が汚れない」と、みつろうさんのブログにも書かれていたのが

本当のような気がしました。

で、ヒマラヤ大師の話を思い出しました。

(「ヒマラヤ聖者の生活探求」という本は、

ベアード・T/スポールディング氏が書かれた本です。

彼は、1894年から3年半、11人で極東を調査しました。

そして、極東の調査の時に、ヒマラヤの大師がたに接触したのでした。

ヒマラヤの大師たちは、テレパシーで意思疎通をし、

空中を飛んでいる鳥たちを呼び寄せたり、

飛び方を指示したり、

パンを手の中に取り出したり、

水の上を歩いたり、

盲人の視力を回復したり、

衣服にもホコリひとつ付かないのでした。)

衣服に ほこりひとつ付かなかった場面から少し、抜き出します。

「一日中歩きまわり、(中略)すっかりくたびれて村に戻ってきた。

しかし、同行の3人の方々(エミール師とジャスト、記録係の友人の3人)には、何の疲労もない。

わたしたち(調査チーム)は、ほこりをかぶり、汗で汚れているのに、

この方々は、平静で、その衣服も、朝出かけたままの白さで、ほこりひとつ付いていない。

散策の途中も、その衣服に汚れのつかないことに気づき、

何度もわたしたちがそのことに触れたが、

何の返事も聞き出せないままになっていたのである。

夜になって、例の証拠係の友人がようやく答えてくれた。

『それは、あなた方には珍しいでしょうが、

神の創造物が、望まれもせぬのに、また、その所でもないのに、

同じ神の 別の創造物にくっつくということの方が、わたしどもには珍しいのです。

正しい考えができるようになると、そういうことは起きなくなるものです

なぜなら、神の原質がそのいかなる部分にせよ 

所を間違えたり、望まれもせぬところに置かれるということはできないからです。』

すると驚くべし、

一瞬のうちにわたしたちの衣服や肉体から、一切の汚れがなくなり、

大師たち同様の清浄さになったではないか。」

(引用終わり・・ ヒマラヤ聖者の生活探求1より)

上江洲先生は、正しい考え方を体現されておられるのだろうなあ

などと考えながら聞いていました。

お話に引き込まれて、

あっという間の一時間でした。

帰ってからも、上江洲先生のご講話にはまってしまい、

上江洲先生の小さい頃からの詳しいプロフィールなどが知りたいと思って、

探たりしていました。

探していましたら、「愛と光のマスター」さんのホームページの中に、少し書いてありました。

1950年沖縄北谷町にて生誕。

幼少の頃から霊的能力に目覚め、人間を生かしているのは食物ではないこと、また死はないことを理解していた。

1965年、先にアルゼンチンに渡っていた祖父の元に家族とともに移住。

1年後に家族は沖縄に戻るが、上江洲氏のみ1972年までアルゼンチンに残り、22歳の時に帰国。

初めての明想で内なる声に導かれ、お釈迦様の「我即宇宙」、イエスの「父と子と精霊と一体」と同じ宇宙意識に到達。

その後も真理探究において真栄田岬にて終夜明想を続け完全覚醒。

1988年から山梨に在住。

365日間休むことなく沖縄から北海道にわたり講話、明想、ヒーリングを行なっている。

2007年4月沖縄での明想会に海外から多数の参加者があり、海外講話会の要請がある。

(引用終わり)

・・ということは、

2017年現在、67歳なのですね^^

セミナーから帰ってきてから、

家事をしながら上江洲先生の音声を聞きまくっておりまして、色んな情報を得ました♪

聞きすぎて、どこの講話で聞いたか忘れちゃいましたけど、

この宇宙は、すべて意識であるということを見出したのは、小学校をサボったおかげ」と話されていました。

まず、小学校1年生の時に、学校をさぼりはじめたこと。

本当のことを言って怒られるのだから、

この世の学校はあべこべの世界なのだと、

小学校1年生でさとり、

それからは木の上に登ったり

真理について追求したりして過ごされたそうです。

そして、上江洲先生の小さい時の遊びは、骸骨ボーリング(笑)

骸骨を掘り返して、ボーリングして遊んでいたそうです。

少し、ご光話から抜粋します。

「10本のビール瓶を立てて、墓から骸骨から掘り出して、

ボーリングしていました。

朝に昼に晩に、骸骨を持て遊んでいる私は、

全然影響を受けなかったのに、

私を真似て一度だけ骸骨で遊んだ友人は、

その夜から高熱を出して、どこの病院に行っても治らない。

友人は、骸骨に触っただけでもバチがあたるという観念を植え付けられていた。

骸骨に力があるならば、毎日遊んでいる私は、

とうの昔に死んでいるだろう。

ものに力があるのではなく、

ものに力与えているのは、自分であることに気づいた。

悩み苦しみに力与え、

苦しみもがいているのは、あなた方自身であることを理解して欲しい。」

小学校2年か3年頃の話も面白くて、少し書き抜きますね。

「大人は、様々な石ころを奉って、

偶像崇拝します。

小学校2年か3年の時、

沖縄は何でも神にしてしまう島で、

神様の家をコンクリートで作りました。

何を祀っているのか。

細長い石。

細長い石に、線香を供え、果物を供えて、

健康にしてください、金持ちにしてください、

そこにぺこぺこします。

あの当時は貧乏どん底で、

ここに来るのが楽しみ。

バナナが供えられ、まんじゅうが供えられ、

それ全部私のもの。

家族が何も食べるものがなくても、

私はおなかいっぱい。

そこに参りに来るおばあちゃんが、

「お前だったのか、この罰当たりが!」

この見えない神が、私にどうバチを与えてくれるか、

わたしは楽しみだったの。

昼間は見つかるので、夜に食べます。

みかん、まんじゅう、バナナ。

「おばあちゃん、なかなか神は私にバチを与えてくれない。

まだ、悪さが弱いのかなあ」

次に、神様に、目、耳、鼻を付けてあげました。

まだ、まだ神は私に罰を与えてくれない。

「よし分かった、罰を与えてくれる方法を見つけた!」

次の日から、毎日、その石におしっこ。

私がおしっこをしたその臭いところに、

おばあちゃんたちはぺこぺこ。」

このお話は、ここに出てきます。↓

そして、15歳の時に、アルゼンチンに移住され、22歳で帰国されました。

移住する船の中で、結婚相手のもとに向かう

お姉さんたちのレモン(オレンジだったかな?)を

全部食べてしまった話が面白かったです。

お姉さんたちは、レモンを使って、綺麗になろうとパックをしていたのだそうです。

船の中なら いたずらをしないだろう、

呼び出されることもないだろうと思っていたお母さんは、

あてが外れ、お姉さんたちから呼び出されたと

いたずらっぽく言われていました^^

そして、南米から日本に帰ってきた22歳の時には、

カップヌードルが大好きで、

1日に多いときで8個、

少なくとも、1日に6個、

3年間カップヌードルを食べ続けたこと。

その頃、弟の部屋に住ませてもらっていて、

弟の部屋いっぱいにカップヌードルを積み上げたら、弟に怒られたそうです。

「ここは、カップヌードルの卸場か」と。

3年間、カップヌードル以外に何も食べない生活を続けたそうです。

上江洲先生は、友人からも母親からも、

「そんな生活をすると、近いうちに癌になって死ぬだろう」と言われましたが、

上江洲先生には 生まれながらにネガティブがないので、

わたしが食すれば、このカップヌードルは、すべてエネルギーになる」と答えました。

すべてエネルギーになり、もてあまして、

暴走で走り回って、警察に追いかけまわされました。

上江洲先生を真似た友人は、

カップヌードルを食べ続けて、1週間食べ続けて救急車で運ばれてしまいました。

3年間食べ続けた上江洲先生は、無病。

「カップヌードルは添加物が入って大変だという思いを持ちながら食べ続けると、死んでしまうから、私は責任とれませんから、食べ続けなさいとは言えませんけれども、

そのカップヌードルに力与えたのは、食べた私であり、食べた友達でした。

子供達に、いくら栄養のある食事でも、イヤイヤながら否定しながら食べているならば、

栄養は一点も吸収しておりません。」という言葉も印象的でした。

その後、真栄田岬で、夜の12時から朝の4時まで 終夜明想を続け、

完全覚醒に至られたそうです。

さて、ヒーリングについて気になったので、調べてみました。

上江洲先生は、全く目の見えない盲人の方を、数人、

目の見える状態にされたそうです。

また、病気の方を完全に癒したりされたそうですが、

再びその方が病気になり、

ヒーリングに戻ってこられたのだそうです。

それで、

墓の下に埋まりゆく肉体を癒やしただけでは 本当に救われたことにはならない」と悟り、

それからは、肉体だけの癒しはされなくなったようです。

てっちゃんっさんのブログ「心と体の健康を維持するために」の中に、

わたしもお尋ねしてみたかった言葉が載っていたので、

少し引用させていただきます。

(↑詳しく上江洲先生の印象などを書かれていて、参考になりました)

【そのとき(ヒーリング中)に

先生、これは魂を浄化されているのでしょうか?」とお尋ねすると、

先生はお答えになりました。

「そうです、

以前は体に癒しを求めて多くの方が来られましたが、

体の癒しで本当に救われた方はいませんでした。」

いまは、体が悪いなら病院に行けといいます。

体だけを治しても、根本が治らなければまた病気になります。

といった旨のことをおっしゃられました。(引用終わり)】

上江洲先生のヒーリングは、

魂を浄化してくださるヒーリングなのですね、

2回目に行った時には、上江洲先生にヒーリングしていただいたのですが、

より一層、余計な雑念が浮かばなくなったような気がします^^♪

(また行きたいです。

ご光話が魅力的すぎる)

で、ですね、ご光話で、息の大切さを説かれていたので気になっていたのですが、

ヒーリングのことについて、

息について、

このビデオに詳しく載っていました。↓

ヒーリングを受けて、怒りや嫉妬が出てくるのは、

光に照らされて、闇が消えようとしている瞬間なのだそうです。

女性のハートチャクラに手を当ててヒーリングしていた時の話が印象的です。

女性のハートチャクラに手を当ててヒーリングしていた時に、

ハートの中の嫉妬や怒り、真っ黒いのが吐き出されたそうです。

「嫉妬や怒りの波動が部屋いっぱいに満ちた時、

ちょうど開け広げていた窓から、

ハチとハエが同時に、部屋に入り込んできました。

ハチとハエが、

女性が吐き出した恨み、怒り、嫉妬の波動に触れた瞬間、

落ちて、意識不明。

恐ろしい姿を私は見ました。

その時完全に、なぜ、息が、自らの心と書くかを悟りました。

自分の心に逆らって息を吐いている人間は、世界に1人もいません。

ヒーリングを続け、

嫉妬、憎しみの波動が、愛という波動に調和された時、

逆に愛の波動が、部屋いっぱいに満ちみちた時、

死にきっていないハチは、生き返って窓から飛んでいきました。

けれども、小さなハエは、そのまま死んだ状態。

それまで、何気なく吸って吐いていた息が、

こんなに大切なものであったか、その時初めて知りました。

吸う息が愛ならば、

吐く息も愛でなければならない。」

他にも、パスポートを取りに行った時の話が心に残りました。

列に割り込んだことを注意された男性が、怒り狂った時に、

男性1人が吐き出した息、言葉で、

飾ってあった花々や、建物の外に生えていた白樺の木が、

痙攣を起こしたとのこと。

愛の表現は、身、口、意が与えられている。

思いで男性を包み込み、

「神よ、怒り狂っている男性にやすらぎを。

心に光を」と祈ったところ、

祈りを終わるか終わらないかという瞬間、

その男性が、

「申し訳なく思います」と土下座したそうです。

すごいヒーリングで驚きました(ノ゚ο゚)ノ

さて、上江洲先生は、2~3歳の頃から、平等ということを考えられたそうです。

先生は、ビデオの中で話されていました。

神は、すべてに平等なのだ。

しかし、2~3歳の目に見える世界は、平等に見えない。

例えば、100万を持っていれば、

みな100万持っている、これが平等だと思っていた。

けれども、

生まれてから無病な人間もいれば、

同じ兄弟姉妹でありながら、入院退院を繰り返す、肉体の弱さのある人もいる。

貧乏に生まれて貧乏育ちの人もいれば、

部屋いっぱいおもちゃを積んで遊ぶほどの優雅な生活をする人もいる。

どこに平等があるのか。

読み書き計算を学ぶよりも、そういうことばかりを追求してきました。

人間死ねばどこにかえるんだろう。

墓場というけれども、墓場から向こうはどういう世界が待っているんだろう

どこから出てきてどこに向かって旅をし、

その旅の目的は何なのか。

どこから出てきて、どこにかえるか

読み書き計算する時間なんて、私にはない。

まわりの大人 誰に聞いても、ばか扱い。

そんな事考えるよりも、読み書き計算を学べと言われました。

その答えを与えてくれたのは、輪廻転生だったのです。

どういう種をまいて生きてきたのか。

自分自身がまいた種の結果であったこと。

乞食として生きている人間。

過去幾転生では、大金持ちも経験しています。

しかしその金は、自らの欲望のために使うためではなく、

同じ兄弟姉妹と分かち合って、すばらしき平和な世界を作るために与えられたにもかかわらず、

貧乏人をバカにし、どん底、見下げて生きてきた結果。

次の世では、あなた自身が乞食という体験をしてみよと、

そのように体験させられていることを理解してもらいたい。

今わたしに与えられること、

出会う一人一人、

それは偶然ではありません。

一点の狂いのない法則の中にあなた方は生かされているゆえに

神は完全と言えることを知ってもらいたい。

今、不平等にあるように見える、この現象世界。

1人1人の転生が違います。

何千回の転生の中で、どういう種をまいてきたか。

破壊的な種を多くまいた分だけ、

刈り取りが大きいということを知ってもらいたい。」

どのご講和も、聞きだしたら止まりません^^

それでですね、神実現に至ると、輪廻転生から解放されることも話されていました。

「しかし、輪廻転生も、カルマも、本物ではないことも見出しました

なぜ、カルマを背負い生きるのか。

正しい姿勢でカルマに立ち向かい、

正しい答えを出しえなかった結果なのです。

あなた方が、

「われ真理なり。」

という実態に目覚めた瞬間、輪廻転生は消えます。

カルマという宿題は、すべて超越されます。

わたしが最初の瞑想を通して体験したのはそれでした。

私の中で叫んだ言葉が、

「何万年の転生させられた法則、今、ここに解けたり。

幾転生という人生の過程を通して背負ったカルマは、

真理という、叡智の神性火花で焼き尽くして、

すべて灰となる。

カルマをすべて超えたならば、

何が残るのか。

永遠不滅の、実在である私が残っています。

それは真理です。

それは命です。

それは永遠の実在です。

だから私には、心配や恐怖は一点もない。

この現象の世界がどう変化しようが、

なにものにも影響されない。」

サイババも、

「この地上における生命の表現は、人から神へと向かうものだ。

人に生まれたことの徳により、次のステップは神を顕現することだ。

人間の生は神聖であり、最高の価値あるものと思わねばならない。

それは、生死の輪廻から逃れる特別な機会である。」

というふうに、

神を顕現すると、

生死の輪廻から逃れることができると言われています。

神実現に至ると、どのようになるんだろうと、

ちょっと不安だったんですけど、

上江洲先生みたいに

自然体で神実現できるなら、

いいなあと思えますね(*^▽^*)

(ひっそりと真我実現して

そして自然体で生きてね、

寿命を全うして、根源の世界に戻る、みたいな。

理想です^^♪)

サイババの、「平安・冥想、大成就」という本の中に、

無相の神は、神に帰依するものを祝福するために、一切の姿をとる

一切の名と姿は、平等である。

どの名と姿を崇めようとも、至高の神はただ一つ。

ある1つの名と姿を通じて、バガヴァン(至高の実在)に融合することができる。」

と書かれていましたけど、

上江洲先生は、無相の神(至高の実在)に到達されている存在で、

真の成功をおさめられている方だと感じました。

上江洲先生は、

神の姿形を通して至高の神に到達されたわけではなさそうです。

キリスト教も、仏教も、何の宗教も学んだことはないと言われていました。

たぶんですけど・・

上江洲先生は、過去性ですでに、悟りを開かれていた方なのではないでしょうか。

ラーマクリシュナパラマハンサは、

「人は、無相の実在に、最初から心を繋ぎとめることはできないのだ。
初めのうちは人格神を拝むのが一番いい」

と言われています。

そして、

「智識の道を行く者たち(ジニャーニ)は無相の実在を思っている。

そしてアヴァターラ(神の化身)を認めない。」

「かの完全なるブラムハン(アートマン、真我)の樹から、

数えきれないほどの化身が現れたり消えたりしているのだ」

とも話されています。

上江洲先生は、真我を体現されている方で、

最初から、

無相の実在に心をつなぎとめることのできた方なのだろうと感じました。

ありがとうございました♡

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