2014-07-23 06:20:04
サイババの帰依者の動画を見たくなって、サイの帰依者の、スンダーアイアー氏のインタビューを開きました。この方のインタビューの2は蛇の話で、見たことがあったのですが、1は、初めて見ました。
スンダーアイアー氏は、サイババの学校で学ばれ、ババの付き添いをされ、サイババの大学で教鞭をとられ、15年半もの間、サイババのアシュラムか、その近くに住まれていた方だそうです。
話の中で、「ペッダ(大きな)・ポットゥ(点)・アンマ(お母さん)」という人の話が出てきました。額に、直径4センチもある点をつけていたので、ババにそう呼ばれていたそうです。
「ペッダ・ポットゥ・アンマは、私の3つのテスト、3つのゼロにパスした一人だ」とババは言いました。彼女は、財産も、家族も、世間の評判も失ったのです。彼女がババのところに来た時、全てを無くしていました。
「彼女が子供を9人も亡くしたのは本当ですか?」とインタビュアーが聞きました。「その話の詳細は覚えていません。本には書いてあるでしょう。ともかく彼女は、聖者と呼ばれる人たちが神の存在を悟るために通った経験をすべてしました。しかしなんといってもすごいのは、彼女が10代の時に、シルディ・サイババに会ったことです。彼女は、シルディ・サイババが『私はサティア・サイババとして戻ってくる』と述べられた時にその場にいた、たった一人の証人のはずです。」
「私たちは、人生をたやすいものにしてくれるのではなく、私たちを限界から解放し、救ってくださる方の前にいるのだと思うと、信じがたい気持ちでした。そして、この変容が起こるには、ひとかけらの恐怖も許されないのです。どんな境遇でも、「ババ、あなたを愛しています。」という事ができなければなりません。
手紙を読んでいたババがこういったのを聞いたからです。
『今日はずいぶんたくさんの手紙を読んだが、一通も感謝の手紙がなかった。どういうわけなのだろう』と。スワミは本当に悲しそうでした。あのようなスワミを見たのは、あの時一度きりです。
スワミは、「どの手紙も、あれが欲しい、これが欲しいというものばかりだ。子供が欲しい。子供がいると子供の問題、子供に結婚してほしい。そして、子供が結婚すれば、今度は結婚生活の問題だ。そうしてまたまた子供の問題。どうして一通でよいから、感謝の手紙がないのだろう。」
スワミは、帰依者の一番大切なものは、感謝だと教えています。
何が起きても「ありがとうございます」と言う勇気があれば、それが本物の帰依のしるしである、と。
3つのゼロの意味とは、物質的なものは、一瞬にして失ってしまうことがあるものだが、そうなった時に、「ありがとうございます、スワミ。主よ、感謝します。私にあなたの愛を下さい」と言える勇気、度胸があるかということです。
スンダーさんの試練の話になりまして、
「マヤ(奥さん)と私は、数週間の間に、お金を全部失くしたことがありました。そんなとき、『どうしてですか、スワミ、どうして?』と言いたい気持ちにかられました。
こんな時でも、3つのゼロの話を思い出すと、『ありがとうございます、スワミ。この素晴らしい体験に感謝します。この体験には、学ぶものがあります。』としか、言葉が出ません。
そして、「ありがとうございます」と言った瞬間、ものすごく平和な感覚が私を満たして、次のステップに踏み出す勇気を与えてくれます。そうして、一つ進むたびに感謝することを覚えれば、開いている扉を探すことができるようになります。
3つのゼロのうち、1つ目は物質的なもの、すべての所有物を失うこと。2つ目は家族や友人を失うことです。3つ目のゼロは、世間の評判を失うことです。それは怖いことです。ババは、一番弱い部分を一突きします。そこをやられると、目が覚めますからね。
喪失の恐怖は、あらゆる恐怖の中で最大のものだと思います。完全に自分を投げ出して、神に全託できたなら、「私にはもう、執着するものがありません」と言えます。それが、完全に解放された、自由になったということです。
「神への執着を除いて、無執着、無欲、ということです。」

スンダー氏の、お金を失くした話を聞きながら、数年前に通帳を失くしたことを思い出していました。数年前、休日に郵便局で通帳からお金を下ろし、お金だけを財布に入れ、通帳を忘れて家に帰ってしまった時の話です。家に帰って数時間経ってから、通帳がないことに気づき、ものすごく慌てて郵便局に行きましたが、ありません。警察にも届け、家に帰ってから郵貯センターにも電話をかけました。見つからなかったことで動揺して、心臓はドクドクと音を立てていました。
すぐにババに助けを求めて「ババ、ババ、ババ、通帳が見つかりません。あの通帳のお金が引き落とされると困るのです。しかも、あれはほとんどの取引で使うので、見られると恥ずかしいのです。ババ、どうしたら良いでしょう。ババ、助けてください」と言いました。
その後、何回か郵便局に聞きに行きましたが、やっぱり出てきませんでした。その間、私はぐっすりと眠ることもできず、うつらうつらしながら、ババの御足にすがっているのでした。。
落ち着かない日々が続いた数日後、突然電話が鳴り、「もしもし、○○郵便局のばばですが。通帳が見つかりました」と電話がかかってきました。
「本当ですか!?ありがとうございます。すぐに行きます」と言って取りに行きますと、「機械の間から、通帳が出てきたんですよ」と言って、馬場さんという局員の方が通帳を返してくれました。ババはどこにでも、どんな人の中にもいるんだと思いながら、心からホッとして、ババにお礼を言い、その日はぐっすりと眠ることができました。
スンダー氏のように、失くした時に感謝をすることなど思いもよらず、ようやく通帳が見つかってから感謝したのでした。。この対応の差、違いはかなり大きいように感じました。。
あなたは至福の大海、限りない歓喜さんに、全託についての御言葉が載っていました。
http://blogs.yahoo.co.jp/happyhappysai2010/41081745.html
「【トラブルに直面した時は勇気を培いなさい】。『どうして私がこんなことで悩まされなければならないのか?』などと考えてはならない。広い心を育てなさい。
【何が起きても、それは自分のためになることだと固く信じなさい】。
【トラブルや損失や病気等々は、あなたがたのためになるからこそ起きる、ということを決して忘れてはならない】。
善の中に悪を見てはならない。【いつであれ、悪の中に善を見なさい】。
【周囲に暗闇がある時、光の価値は遥かに高まる】。
【喜びの価値は、トラブルがある時に初めて分かる】」
『私の親愛なる学生諸君』第2巻 第1章
‐サティヤ サイババ
「【あなたは良いことが起こったときだけ神に感謝する】。【だが、あなたにとって良くないことが起こったときには彼に感謝しない】。【これがあなたの誤りである】」
「【きっぱりと明け渡し、欲望を捨て去りなさい】。【『私が行為者である』という感覚を持ち続けている限り、欲望は消えないだろう】。それはまた、エゴでもある。
【これが去れば純粋に輝くアートマ(真我、内在神、真の私)を見るだろう】。
【行為そのものではなく】、【行為者であるという感覚が束縛なのである】」
「【神がその姿を現そうと消え去ろうと、彼の御心に従い、全てを明け渡しなさい】。
【神の計らいに任せなさい】。
【もしあなたの希望に沿うように神に頼むとしたら、それは明け渡しではなく命令である】。【神をあなたに従わせておきながら、『自分は明け渡した』と考えることはできない】。
【神は何が最善であり、いつ、どのようにするべきかを知っている】。
【彼に全てを完全に任せなさい】。【重荷は彼のものだ】。
【あなたはもはや、何の心配もしなくていい】。【あなたの心配はみな彼のものなのである】。【明け渡しとはそのようなものだ】。【これがバクティ(神への愛)である】」
「もしも【明け渡しが不可能なら、何ができるというのだろう?】 【それでは心の平和はない。あなたに平和をもたらすことはできない】。
【ただ明け渡しによってのみ、それができるのである】」
‐ラマナ マハルシ(転載ここまで)
何が起きても感謝し、神への執着を除いて無執着になれますように・・。遍在にして全知であられるサイババの御前に、謹んで平伏いたします。
ありがとうございました♡
